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高嶋哲夫『イントゥルーダー』(文春文庫)

2018-02-19 | 書評「た」の国内著者
高嶋哲夫『イントゥルーダー』(文春文庫)

25年前に別れた恋人から突然の連絡が。「あなたの息子が重体です」。日本を代表するコンピュータ開発者の「私」に息子がいたなんて。このまま一度も会うことなく死んでしまうのか…。奇しくも天才プログラマーとして活躍する息子のデータを巡って、「私」は、原発建設がからまったハイテク犯罪の壮絶な渦中に巻き込まれていく。(「BOOK」データベースより)

◎落選から奮起して

『イントゥルーダー』(文春文庫)は第16回サントリーミステリー大賞受賞作であり、読者賞もダブル受賞しています。これ以前に高嶋哲夫は、1990年「帰国」にて北日本文学賞、1994年「メルト・ダウン」にて小説推理新人賞を受賞しています。

 そして1996年には「ペトロバク」が江戸川乱歩賞の最終候補となり、このときは渡辺容子『左手に告げるなかれ』(講談社文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)に受賞を奪われています。そのときのことを、著者自身はつぎのように書いています。
 
――以前書いた小説が、ジャンルでいうと国際謀略物で、江戸川乱歩賞の最終候補になったのですが、その際、選考委員の皆川博子さんが、「主人公が男性の場合、警察、新聞社などの大組織からはみだし、心に傷を持つ中年という設定が多い。既成の人物像を越えた新鮮な作品にめぐりあいたい」と選評で書かれていたんです。その時の僕の応募作の主人公が、心に傷を持つ新聞記者でした。(「本の話」1999年5月号)

『イントゥルーダー』は、この教訓を活かして書かれています。主人公・羽嶋浩司は、有名な大手コンピュータ会社の超エリート副社長兼研究開発部部長。社長の大森とともに、裸一貫で巨大な会社を築きあげました。

 会社は資本金320億円、従業員8200人、子会社15社、東証一部上場と大きなスケールです。その主人公に深夜、一本の電話がかかってきます。
 
――脳裏には一人の女性の姿が鮮明によみがえっていた。昔、一緒に暮らした女性だった。そのときから、二十五年近くがすぎている。/一瞬の沈黙があった後、「あなたの息子が重体です」と奈津子は言った。(本文より)

 物語は主人公「わたし」が、大学病院の集中治療室を訪れたところからはじまります。何本ものチューブにつながれた、患者は23歳。身長も体重も血液型も、「わたし」とほぼ同じ。患者の名前は松永慎吾。今まで、その存在さえ知らなかった息子との対面。

 そして元恋人との25年ぶりの再会。「わたし」は意識不明の息子が、コンピュータのソフト会社に勤めていたことを知らされます。現在、「わたし」の会社は、社運を左右する夢のコンピュータを開発中です。

 高嶋哲夫は、見えない糸を、巧みにくりだします。突然の息子の出現。その息子は自分が父親であることを知っていた事実。そして父親を尊敬して、同じ業種の会社に勤務した経緯。一方「わたし」の会社では、電子の網の目に潜むバグ(コンピュータ・ウィルスのこと。これがいるとコンピュータ・ソフトが破壊されます)と格闘中です。
 
救命治療室で死と闘う息子と、迫りくる発表会に向かってバグと闘う研究開発室。著者は2つの闘いをていねいに描き分けています。2つの闘いの場を行き来する「わたし」に、社長の大森が思いがけないことを告げます。

 原子力発電所を建設中の大手電力会社から、開発しているコンピュータの大きな予約がとれたということでした。物語はここから一気に加速します。見えない糸が複雑にからみ合いはじめます。

ダブル受賞にふさわしい、素晴らしい完成度の高い作品でした

◎社会派作家としても活躍

 高嶋哲夫とはお会いしたことはありませんが、何度か手紙のやりとりがあります。私が藤光伸という筆名でPHPメルマガ「ブックチェイス」に書評を書いていたとき、出会ったのが『イントゥルーダー』だったのです。どうしても初期作品を読んでみたくて、探しましたがみつかりません。お願いして、コピーを送っていただきました。

そのなかに『カリフォルニアのあかねちゃん』(三修社文庫)がありました。あかねちゃんとママが異郷の地で、明るくたくましくすごす日々をつづった心温まる著作です。私は高嶋哲夫のミステリーに温かみを感じています。その原点はまさに、『カリフォルニアのあかねちゃん』にありました。

そして現在は『風をつかまえて』(文春文庫)や『塾を学校に』(小篠弘志との共著、宝島新書)など、社会派作家としても活躍中です。この2作には心をうたれました。

◎『ミッドナイト・イーグル』もお薦め

『ミッドナイト イーグル』(文春文庫)には、度肝をぬかれました。スケールの大きな舞台、登場人物の繊細な描写、迫力満点のアクションシーン。どれをとっても、水準をはるかに超えていました。『イントゥルーダー』をしのぐほどの完成度といえるかもしれません。

主人公・西崎勇次は、有能なカメラマンです。世界中を飛び回って、悲惨な現実を写しつづけます。彼には別居中の妻の妹・慶子と優という六歳の独り息子がいます。慶子はフリーのルポライターです。在日米軍基地問題を手がけています。

 謎の物体が、北アルプスに墜落します。たまたま穂高連峰にかかる月を撮影していた、西崎勇次はそれを目撃します。西崎は高校時代の山岳部の友人・新聞記者の落合とともに、不審な物体を追ってふたたび北アルプスにはいります。

 いっぽう慶子は、何者かが横田基地に侵入し、銃撃戦となった事件の取材を依頼されます。青木という若いカメラマンとともに、負傷したまま逃亡した、謎の人物を追います。

墜落した謎の物体は、米軍機ステルス。謎の人物は、北からの侵入者です。2つの事実が明らかになったとき、別々だった事件が1つに重なりはじめます。

高嶋哲夫は二つの追跡劇を、交互に描き出します。厳寒の北アルプスを舞台に、米軍機ステルスの塔載物をめぐり殺戮が繰り広げられます。純白の世界を、銃弾が飛び交います。新雪が鮮血に染まります。猛吹雪に視界を遮られ、新雪に足をとられます。遅々として進めない行軍。北の軍隊が、自衛隊が、そして西崎と落合が入り乱れて、危険きわまりない塔載物に迫ります。

 慶子の取材にも、邪魔がはいります。日本政府とアメリカが、取材の行く手をさえぎります。高嶋哲夫は自然の猛威にも、政府の圧力にも屈しないジャーナリストの勇気を描き上げます。やがて、離れ離れだった慶子と心がつながります。事件の渦中から、切れ切れの無線を通して、家族の声が聞こえます。

高嶋哲夫は「家族の再生」というテーマを、みごとに紡ぎあげました。タイトルの意味は最後に明かされます。ラストシーンには、こみあげてくるものがありました。脇役が光る作品は、読み応えがあります。『ミッドナイト イーグル』は、今年最大の収穫である。
(この章は、藤光 伸として2000年5月3日、PHP研究所「ブック・チェイス」掲載したものを転載させていただきました)
(山本藤光:2009.10.23初稿、2018.02.19改稿)


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