象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

『知られざる傑作』に見る、バルザックの狂気と創作と秘儀と(20/7/19更新)

2018年02月24日 13時24分57秒 | バルザック&ゾラ

 少し意外ですが。バルザックの絵画好きは有名で、この短編傑作を読めば、彼が如何に画家としての奥義を会得してるかが、窺い知れますね。
 まさに、”知られざる”というより”有名過ぎる傑作”です。

 僅か40頁の文脈に、ここまで魂をつぎ込むかバルザック。芸術家小説の傑作として有名なこの作品では、若い画家のプーサンと恋人のジレット老画家のフレンホーフェルと彼の秘宝でもあり魂でもある女性像”カトリーヌ・レスコー”という2組の対のドラマが表裏一体となって、対照的に描かれてます。
 野心に燃える若きプーサンは、この秘められた絵画から老画家のこの秘儀を何としてでも垣間見ようと、恋人をモデルに差し出んですが。
 勿論、恋人のジレットはプーサンの愛情を疑います。が、老画家の隠れた傑作である”カトリーヌ・レスコー”を秘めた扉が開けられる事を察し、彼の画家としての夢実現の為にはと、犠牲を覚悟で引き受ける。

 こうしてプーサンと、老画家の弟子で画伯のポルピュスの2人の前に、念願の”秘蔵の絵”が現れる。
 しかし、肝心の”カトリーヌ”の肖像画は"無数の奇妙な線が雑然と重なり合った絵の具の壁"にすぎず、見えるのは女の足首らしきものだけ(笑)という、奇怪で滑稽なオチで終わる。
 結局、老画家は我に帰り、何も生み出してない事に気付く。発狂した老人は全ての作品を燃やし、自らも命を断つ。
 プーサンもポピュルスも、只々唖然と立ち尽くすだけ。”何やってんのこのオヤジは”ってとこでしょうか。何だか奇妙で悲しくも、滑稽な展開と結末です。


狂気の画家とバルザックの絵画論

 バルザックは、狂気のバイオリニストを主人公にした「B男爵」からヒントを得たという。
 老画家がプーサンとポルピュスの前で、2度に渡り長々と、口酸っぱく説教を垂れる。
 絵に魂を込めるとは、何たるかを熱く語る事で、この作品を画家の物語ではなく、バルザック独自の世界にまで高めている。
 この長々とした説教こそがこの作品の核であると、訳者の私市氏はズバリ解説する。

 バルザックが説く絵画論には、18世紀のディドロの影響が随所にあるという。"解剖学の深い研究は画家を台無しにする"という彼の絵画論は、ドラクロワゴーティエから得た知見である事が判っている。
 物の形を線で描くでなく、実在そのものを自然そのものを表現し、再創造すべきだというバルザック独自の絵画論。
 この事は、デッサンをして色を塗るというアカデミック(正統的)な画法を否定するもので、ロマン派ばかりか印象派や前衛派にまで突き抜けるものである。
 全くゾラの絵画論を先取りしてたのだから驚きですね。
 セザンヌも、この作品の挿絵を依頼されたピカソも、この狂った老画家のフレンホーフェルに自分の姿を見て感動したと言う。
 また、プーサンもポルピュスも実在の画家であり、こうしてみると、この作品の中で述べられてる事は、バルザック自身の”創造の秘儀”であるとも言える。
 まさに、フレンホーフェルの叫びと長々と語るセリフは、バルザックの叫びそのものなのだ。


バルザックの狂気の世界

 狂気の世界を描かせたら、バルザックの右に出る者はいない。
 傑作と言われる絵画や彫刻には、魂が生命が宿ってるように、バルザックの作品には彼の狂気と奇怪が宿ってるのだ。

 文学も文字という血管に、真っ赤な生暖かい血液が充填され、その狂気に満ちた血液は、読者の心臓に容赦なく送り込まれる。
 読者はまるで、バルザックの叫びが魂が乗り移ったかのように、彼の世界の中に埋没し、虜になる。
 読者はいいように振り回され、そして最後に待ち構えるのは、狂った老画家のフレンホーフェル同様に、虚無の世界と奇妙な空間である。

 人類はあらゆるものを創造してきたが、結局は何も生み出さない。ただ、人類が歩いてきた跡を歴史を辿ってるだけなのだ。偉大な人類が残してきた”表面上の形象”を辿ってるだけなのだ。
 そこに隠されてる秘境を見つけ出すには、長年の観察と考察が必要であるとバルザックは諭す。
 つまり狂気は傑作を生み出し、芸術家を腐敗させ、創造を妄想と幻想の世界に落とし込む。
 そして、幻想は芸術の土壌となり、あらゆる創造の糧となる。

 この作品で老画家は、人間の手と足こそに魂が生命が宿ってると悟る。
 秘宝の扉を開けた時点で、生涯愛した”カトリーヌ・レスコー”は、老画家が吹き込んだ魂と共に飛び去ってしまうのだ。
 後に残されたのは、カンバス群と年老いた老人という抜け殻だけである。そして、恋人のジレットも最後には、若い画家を見捨てる。”こんな狂気の世界には耐えられないわ”と。

 何でもそうだが、度を過ぎると自滅する。



2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
バルザックのイメージ力とは (ootubohitman)
2018-02-27 04:15:34
バルザックのイメージ力は、かなり研ぎ澄まされてますね。感心するほどに。
絵画をこれ程までに理解出来るって事は、芸術全般においても全てが傑出してるのでしょう。
文字という二次元のものをイメージという三次元に置き換え、再び二次元の絵画として再現する。
文筆と絵画には共通性がある事を思い知らされます。
Re:バルザックのイメージ力とは (lemonwater2017)
2018-02-27 15:02:48
こんにちはです。

 確かにです。バルザックの高度で濃密な人間観察術は、リーマンの複素解析による拡張論と似てますね。最後には、無限の中の"無"に収束するんですかね。

『幻滅』なんて、ありとあらゆる種の人物が登場し、微妙な所で繋ってる。人物を繫げながらあらゆる方向へと拡張し、読者を混乱と奇怪と狂気の渦に陥れるんです。

 全く、天才を超えた才人というか。マクドナルドの創業者のレイクロックが、インチキ詐欺に見える程の人物ですな。

コメントを投稿