伝聞昔話「菊花の約束」(雨月物語・菊花の約より)
伝聞昔話「菊花の約束」
九月九日、菊の日。
播磨の国加古の駅に丈部左門という清貧の博士がいました。
左門は菊の日に訪ねてくると約束をした赤穴宗右衛門を待っていました。
赤穴宗右衛門は左門の義兄弟で、左門は五つ上の宗右衛門を兄としたっていました。
二人は血のつながりはありませんでしたが、本当の兄弟よりも深くつながっていました。
菊の日に会うという兄との約束のために、左門は財布をふり、それで酒飯を用意し、花瓶に黄菊白菊二枝三枝を差したのでした。
ですが、兄は来ませんでした。
左門は夜が深まっても、兄が来ると確信し、母を先に寝かせ、兄が来るのを待っていたのです。
「兄は約束を必ず守る男だ。もしや、何かあったのだろうか」
左門が家を出ると、兄の姿が見えました。
左門は兄の姿を見て喜びました。
「夜通し歩かれてお疲れでしょう。早く家に入ってください。今日のために酒と飯が用意してあります」
左門は兄を家に招き入れました。
左門の喜ぶ姿とは違い、兄はただだまり、重たい顔をしていました。
兄は左門の用意した飯と酒に袖で顔を隠し、嫌そうな顔をしました。
「どうかしました」
左門が聞くと、兄は、
「私はお前のことを弟という言葉以上に思っている。
だから、お前に嘘はつかない。私はもう陽世の者ではない。きたない霊魂となってここに来たのだ」
左門は兄の言葉に驚きました。
兄は言葉を続けます。
「人の足では千里を行くことが出来ない、だが霊魂なら千里を行くことが出来る。お前に会うために腹を切って、ここに来たのだ」
兄は左門を顔を見て、話を続けました。
「お前と別れてから国にくだったが、国の者は多くが塩治を裏切り、尼子経久にしたがっていた。
国には塩治への恩知らずを利害の分かる利口な行動だとのたまう者ばかりだった。富田の城の従弟の赤穴丹治を訪ねたが、丹治は私に経久の役にたてという。
その言葉を考え、経久を見た、兵は修練されてはいる、だが知恵はありそうだが人を疑う心が強い。信用ができる部下もいないようだ。
そのような者に仕えても良いことはない。
私はお前との菊花の約があると伝え、ここに向かおうとしたが、経久が丹治に私を城から出さないように命じたのだ。
そして今日となった。
お前との約束だけは必ず果たさないといけないと思い、いにしえの人は、人は一日に千里行くことは出来ないが、魂は千里を行くという言葉を思い出し、腹を切り、今夜陰風に乗り菊花の約を果たしたのだ」
兄はそう言うと、微笑み消えたのでした。
「お待ちください」
左門の言葉は届く相手を失い、悲しく漂ったのでした。
左門は泣きました。
子供のように泣きました。
立派な男でなければならぬという思いを捨てて子供のように泣いたのです。
立派な兄を失った悲しい弟には泣くことしかできなかったのでした。
聞き伝える昔の話でございます
雨月物語・菊花の約の真ん中あたり。
最初がないと話が盛り上がらない?
最初はただ看病するだけなんだもの…
左門が宗右衛門を看病して、頭のいい二人が仲良くなって義兄弟となり、
九月九日の菊の日に再会しようというの最初の方です。
小泉八雲さんが菊花の契りとして書いてた。
※基本的に聞き伝えるという形で、大筋は変えずに思うままに書いております。