トーキング・マイノリティ

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イスタンブルで朝食を その③

2017-01-11 22:10:08 | 読書/ノンフィクション

その①その②の続き
 意外なことにイスラエルでは、欧米諸国に比べてもベジタリアン率やヴィーガン率が高いそうだ。カインとアベルの神話から、ユダヤ教徒はヤハウェと同じく肉に目がなく野菜にはそっぽを向く、と何となく思っていたが短絡的すぎた。作者はベジタリアンのユダヤ人に、ベジタリアンとカシュルート(ユダヤ教の食事規定)との関連を訊ねている。
 多くのは日本人は、食物の禁忌の多い宗教というとイスラム教やヒンドゥー教をイメージするが、ユダヤ教の禁忌はイスラムよりも厳しいのだ。例えば肉と魚、肉と乳製品は同時に食べないなど、カシュルートでは細かい規定を定めている。

 作者の質問に対し、ユダヤ人ベジタリアンの答えは、「僕の周りのベジタリアンやヴィーガンは宗教生活を送る人ではないから、カシュルートなんて気にしていない」とのこと。
 作者は筋金入りのユダヤ女性ベジタリアンにも質問するが、今はヴィーガンになることが流行っているという。動物愛護精神に目覚めたというより、リアリティーТV出身のスターやセレブ達がТVでヴィーガンになることを唆しているためらしい。件の女性も周囲の人はベジタリアンを続けられなかったと言っていた。

 イスラエルは野菜が豊富で、建国から半世紀のうちに食料自給率が90%を超える大農業国となったことを、この本で初めて知った。年間の農作物の輸出金額は、農業従事者人口が40倍以上もいる日本とほぼ同じという生産性の高さで言葉もない。
 但し私は、イスラエル編で最も美味しそうだと思ったのは、鳩のご飯詰め「ハマム・マハシー」。作っていたのはアラブ系イスラエル人で、ご飯を詰めた鳩肉をスープで茹でた料理。現地では「天然のバイアグラ」と呼ばれているほどなので、精力を付けたい男性にもってこいだろう。単にご飯ものというだけで関心を示すのは、私が根っからの米食民族ということ。

 最終章の番外編には、ロンドンの有名な中東料理店についてルポがあった。レバノン料理店とイスラエル料理店の写真も載っており、特に後者は食品のディスプレイも美しく、オシャレな印象だった。ロンドンにも美味しい中東料理の店が進出しており、かつて不味い料理店が多いと悪評だったロンドンも、すっかり様変わりしているようだ。

 様変わりしたといえば、トルコのサービス業。ターキッシュ エアラインズ(旧日本名・トルコ航空)は2011年から5年連続で欧州のベスト・エアラインに選ばれ、2015年には世界のベストエアラインで世界第4位に選ばれるなど、極めて評判が高い。ターキッシュ エアラインズはエコノミークラスでさえ、機内食が美味しいことで有名だという。
 初版1968年ということもあり、故・大島直政氏の処女作『遠くて近い国トルコ』(中公新書162)には、トルコ版“武士の商法”が紹介されていたし、80年代初めになっても似た様なルポを見たことがある。やはり時代は変わったのか。

 長らく安全な観光大国と思われていたトルコでも、2016年1月12日にはイスタンブル中心部の観光名所でISILと思しき自爆テロが起きてしまう。そして2017年未明、イスタンブルのナイトクラブで銃乱射事件が起き、多数の死傷者が出た。犠牲者には外国人観光客も多く、特にイラク人やサウジ人が凶弾に倒れている。サラーム海上氏はこんな世相に対し、次のように述べている。

日本の新聞やテレビニュースを見ている限り、「中東=危険な地域」と決めつけたくなるのは仕方ないかもしれない。しかし、イスタンブルやテルアビブでは今も毎晩、東京や先進国の他の大都市にいるのと変わらないナイトライフが楽しめるし、春になれば今年(2016)もモロッコで音楽フェスシーズンが始まる。
 そして、僕は友人たちとインターネットやSNSを通じて、常に互いの近況を伝えあい、好きな音楽や映画について意見を交わしている

 作者の本業は音楽ライターなので、現地で親しくなるのはミュージシャンが主だし、彼らには基本的にコスモポリタンが多いと思われる。ネットを通じてにせよ、好きな音楽や映画について意見を交せるのは素晴らしいことだ。
 しかし、ネットがテロ煽動にも繋がるのは否めない。ただ、日本のメディアが強調するほど、中東の人々はテロを不安視していないと私は想像している。日本ではあまり知られていないが、少し前までのトルコはイスラム主義者や左派、民族主義者らによる武力闘争に加え、分離独立を目指すクルド人組織によるテロも起きていたのだ。つまり“テロ慣れ”しており、日本人ほどヤワではないはず。

 メディアというものは、ある一面をセンセーショナルに取り上げる傾向が強く、客観的で公平な視点を求めるのは無いものねだりなのだ。その点では音楽ライターの作者も同じであり、彼の中東料理の話は面白かったが、その写真同様、本文は「中東=危険な地域」とは対極の“きれいごと”の感もあった。

◆関連記事:「トルコを知るための53章

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