トーキング・マイノリティ

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服従 その②

2017-10-05 22:10:16 | 読書/小説

その①の続き
 陣野俊史氏の書評だと単に“極右の候補者”となっているが、『服従』ではキチンとマリーヌ・ル・ペンの名が明記されており、実在の政治家が登場しているのだ。2022年のフランス大統領選の第一回投票で、移民排斥を訴える国民戦線のル・ペンとイスラム同胞党のアッベスが1位と2位になる。
 そこで左派の社会党と保守・中道派のUMP(国民運動連合)は、ファシストよりはイスラム主義者の方がマシと考え、決選投票ではアッベスを支持するよう訴える。そのため、ついにアッベスが勝利、イスラム政権が成立するという設定なのだ。

 この設定に対し、佐藤優氏のイスラエル人の友人は異なった見方をする。以下は佐藤氏と友人の対談からの引用。
友人「話としては面白いね。しかし、現実にそのような状況が生じたら、UMPは国民戦線を支持すると思う。社会党は立場を表明することができないので、自由投票になるだろう
佐藤「その場合、社会党支持者はイスラム同胞党を選択するだろうか
友人「そうは思えない。フランス人の反イスラム感情は根強い。社会主義者だって例外じゃない。尤もファシストを選ぶ気にはならないだろうから、棄権するんじゃないだろうか。そして、いずれの政権ができるにせよ、それを打倒することを考える

 この後、佐藤氏は次の見解を述べている。フランスにはレジスタンスの伝統がある。だからイスラム政権かファシスト政権ができるならば、友人が言うようにレジスタンス運動が起きるかもしれない。政権側は武力による弾圧を行うだろう。その場合、レジスタンス側も武器を取り、内戦になる…

 2人の対談はなおも続き、殊にイスラエル人の見方には説得力があり、実に興味深かった。
佐藤「『服従』が欧州でこれだけ大きな衝撃を与えているのは何故だろうか
 友人は少し考えてから、こう答えている。
2つの要因がある。第一は『イスラム国』に対する恐怖心だ

佐藤「今年1月7日のシャルリー・エブド襲撃事件が契機なのだろうか
友人「シャルリー・エブド襲撃事件が引き金を引いたことは間違いない。但し、それは契機であっても原因ではない。原因はもっと構造的で、欧州人のイスラム世界に対する無理解
佐藤「しかし、伝統的に欧州がイスラム教や中東地域研究の機関車役を果たしてきたのではないか
友人「それは、あくまでインテリの世界に限られる。『服従』でウエルベックが見事に描いているように、インテリは弱い存在だ。国家権力に自発的に迎合する人が殆どだ。欧州のイスラムや中東の専門家の知識に政治家は敬意を払っていない。
 ましてや、大衆にはアカデミズムの成果を尊重しなくてはならないという発想すらない。EU諸国もアメリカも『イスラム国』の実態を分っていない

佐藤「『服従』が欧州人に強い衝撃を与えている第二の原因は何なのか
友人「欧州が崩れかけているからだ
佐藤「崩れかけている
友人「ギリシア危機に象徴されるが、EUの通貨統合も危機的状態になっている。10年前ならば、EUに共通通貨ユーロが導入されたのだから、次は政治的統合と考えられていた。
 しかし、現在、EUが経済的、政治的に統合できると考えている欧州人はいない。EUは再び分解過程を歩み始めている。EUが分解し、ドイツとフランスが対立するようになると再び戦争が発生するのではないかという不安が欧州人の深層心理に潜んでいる

佐藤「21世紀の普仏戦争
友人「そうだ。EUが分解するとその危機が生じる。それよりも、イスラム教の下で欧州の統一と平和が維持される方がいいのではないかという作業仮説をウエルベックは『服従』で提示しているのではないかと思う。欧州人は自らが内的生命力を失ってしまっているのではないかと恐れている。この恐れが『服従』からひしひしと伝わってくる
その③に続く

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