Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

秋田巡礼-霊的講話【1】-2017年5月3日シュテーリン神父様「イエズス様はあなたを使って、私の事が愛され知らされる事を望んでいます:ファチマの奇跡の数々」

2017年05月29日 | お説教・霊的講話
2017年5月3日 秋田巡礼 シュテーリン神父様霊的講話1
「イエズス様はあなたを使って、私の事が愛され、知らされる事を望んでいます:ファチマの奇跡の数々」
同時通訳:小野田圭志神父

このお話を、ファチマのマリア様の呼びかけの為に特別に使いたいと思っています。それは、ファチマのマリア様がシスタールチアを通して私たちになさった呼びかけで、この言葉です、「イエズス様はあなたを使って、私の事が愛され、知らされる事を望んでいます。」

100年後の今日、この呼びかけは私自身の生活のパターンとなり、私自身の生活の一部でなければなりません。御聖櫃の中に真に在し給うイエズス様は皆さんに、御自分の望みをマリア様を通して今、こう言っています。

「イエズス様は、あなたを使いたいと望んでおられる。マリア様の汚れなき御心が知られ、愛されるようにする事を望んでいる。あなたを使って。」

もしも「誰かの事を知らせたい」と、「他の人に知ってもらいたい」と思っていながら、自分が知らないのならば、どうやって知らせる事ができるでしょうか?

この荘厳なマリア様からの呼びかけに応える為に、皆さんは私たち一人ひとりは、一体ファチマで何が起こったのかをよく知らなければなりません。

ファチマというのは場所の名前です。しかし私たちが普通ファチマと言うと、この場所で起こった出来事で、天主様からのどのような介入が起こったかという事全てを、その起こった全ての場所の事を示しています。私たちが普通考えているよりも、ファチマというものはもっと深いものがあります。「マリア様が6回お現れになった、このファチマ」と普通考えます。

しかしその前にも3回、天使が現れました。マリア様は5月13日から10月13日まで6回現れました。更に8月19日には特別なやり方で子供たちに現れました。更にマリア様はシスタールチアに、ご自分が既に予告された通り、マリア様の汚れなき御心に対する信心を確立する為に、特別のメッセージを与えました。

最後のいくつかのご出現は、ファチマという場所では行われませんでしたけれども、ファチマに属する出来事です。ポンテベドラで1925年12月10日になされたご出現、トゥイで1929年6月13日になされたご出現もあります。これに更に付け加えるものもあります。このご出現の他にも、ルチアはマリア様やイエズス様からの内的な語らいを何度も受けていました。

ファチマに属するものとしては、子供たちの生活、生涯の事があります。子供たちは、マリア様が彼らから何を望んでいるかという事をよく知っていましたので、彼らの生き方、生き様というものを見ると、マリア様が何を望んで、何を語りかけていたのか、という事を正しく解釈する理解する模範となります。

一人ひとりの子供たちは、ファチマの1つ1つの別の観点をよく理解しました。それでこの子供たちの受けた特別の使命、特別の生き方を見ると、ファチマの完全な霊性が分かります、霊的な特徴が分かります。

元々、この3人の子供たちは田舎の子供たちで、とりわけ聖なる子供たちであったというわけではありませんでした。ところで、このような子供たちであったとしても、ファチマのマリア様の特別なおかげで、1年半、2年、短い期間の間に、子供たちは瞬く間に成長して、変わっていきました。

「天主様は、このような子供たちを大聖人に変える事が、あっという間に瞬く間に変える事ができる」というこの奇跡的な行いを見てください。

子供たちに一体何ができるでしょうか?子供たちは子供ですから、教会で何か偉大な仕事を役割を果たす、という事もできません、子供ですから。これを見ると、本当に誰であったとしても、もう本当に何か重要な役割をする事ができるかと思われるような人であったとしても、マリア様を通して偉大な業をする事ができる、という事が分かります。

小さなジャシンタやフランシスコが、マリア様の望むままに、なされるがままにさせていたように、私たちもマリア様がなされるままにさせてしなければなりません。こうするとファチマは聖徳の学校になります。

これだけでもありません。もしも私たちがファチマという、偉大な世界的な出来事を把握する為にはもっとあります。

マリア様のメッセージを受けた霊魂たちが、全世界で数えきれないほどの多くの人たちが受けた奇跡的な出来事を1つ1つ見なければなりません、その事実を見なければなりません。

その事を考えると、ファチマという出来事はまだ終わっていません。まだ今でも続いています。

1つは、マリア様は「ロシアをご自分の汚れなき御心に奉献する事」を要求されました。

マリア様がお与えになった条件を満たしながら、この奉献がなされない限り、ファチマの出来事が終わったとは言えません。まだこの条件が満たされていないので、ファチマで約束された約束も成就していません。

「ロシアがまだ条件を満たして奉献されていない」という事と、そして「ファチマの第3の秘密がまだ公開されていない」この2つの出来事があります。

この事を考えると、ファチマの出来事はまだ続いている、しかも100年間この世界の歴史の中に影響を及ぼし続けている特別のご出現であると分かります。

皆さんの人生において、或いは教会の歴史において、或いは全人類の歴史において、ファチマがどれほど特別な役割を果たしているのかという事を知り、その事について確信を持たなければ、私たちはファチマの事をよく知ったとは言えません。

もしもまだファチマについて疑問が、疑いがあるのであれば、ファチマで起こった奇跡の事を少し考えてください。この奇跡の事を見ると深く知って、天からの介入があった奇跡的な事があったという事を、はるかに抜きん出て特別な奇跡が起こったという事が分かります。

ルルドで聖ベルナデッタがマリア様にお願いしました、「皆が信じる事ができるように、奇跡を起こしてください。」マリア様はそれに、微笑んだだけでお答えはしませんでした。

グァダルーペではホアン・ディエゴが、「司教様が見る事ができるように、司教様が信ずる事ができるように、お願いだからしるしを与えて下さい」とお願いしたので、そこで特別の奇跡が起こりました。

ファチマの場合にはシスタールチアがお願いすると、「はい、そうします」とすぐに答えて、そして3ヶ月後にそうします。その日付さえも与えて下さいました。そしてそればかりではなく、その来たる2ヶ月の後に、「奇跡の起こる日はこの日ですよ」また「この日ですよ」と何度も繰り返されて、その奇跡をするという事を確認しました。

かつてその小さな村の僻地で10万人の人々が集まったという事はありませんでした。しかしマリア様は何度も何度も「奇跡が起こる」という事を仰ったので、その人々が集まってきたのでした。

もしも他の方々に、「マリア様の事を知って頂きたい、知らせたい」と思うのならば、10月13日に一体何が起こったのかを教えてあげてください。

ですからこの日に一体何が起こったのかをよく知って、そしてできればその時の写真なども手に持ってください。そうすればマリア様の事やキリスト教を知らないような人々も、「あぁ、こんな事もあったのか」とびっくりすると思います。

ファチマの奇跡を見ようとした人は、ただ信じて、その「奇跡が起こる」と確信して来た人だけではありません。それ以外の多くの人々は、このこの出来事を嘲る為に、或いは批判する為に、或いは「さぁみた事か。これは教会の敵であり、天主の敵であり、これは全くふざけた事だ」と言う為に来ました。

もしもその時に何日も何日も何日も降り続いている雨が、降り続いていなかったならば、更にもっと多く人々が来ていた事でしょう。秋の冷たい夜、雨のザーザーと降り注ぐ中、肩まで水が染み込んでずぶ濡れになったとしても、そこに行こうとした人々はそれほどたくさんいたのです。

ルシアのお母さんはもちろん信じていませんでした、「奇跡が起こるわけがない。その奇跡が何も無かったという事を知ったこの群衆は、暴動を起こしてこの子供を、自分の子は殺されてしまう、殴り殺されてしまう」と、それを恐れていました。

今までの経験から言うと、もしもマリア様が奇跡を起こすとしたら、その奇跡を目撃する人々は選ばれた人々であって、少数の人々であって、聖なる人々でありました。ところでその10月13日には、嘲笑いに来た人、信じていなかったような人々、批判する為に来た人々でさえも、全てその奇跡を見ました。

この日には1つの奇跡ではなくて、8つの違った奇跡が起こりました。

まず、マリア様がおられた現れた場所に、全ての人が雲の柱を見ました。ミサの時に香を焚くと煙が昇りますけれども、たくさんの香でたくさんの煙を祭壇に献香したかのように、マリア様が現れた木の所に雲の柱が登りました。

第2の奇跡は、雨がずっと絶え間なく止まずに降り続いてきたという事です。そして雨が一番激しく降ったのは、マリア様が来られた時でした。「太陽をご覧下さい!」とルチアが叫んだ時には、空にあったのは雨と雲だけだったのですけれども、そのルチアが言ったその瞬間、ほんの1分そこいらの間に、瞬く間に雲も消え、雨も無くなって、青空が見えて、太陽が輝き出しました。

第3の奇跡は、太陽がカンカンと輝き出した時に、ほぼ10万人の人々は、太陽を直視する事ができたという事です。10分もです。太陽を今外に出て直視したとしたら、1分ずっと見つめていただけで、もう目が網膜が焼き付けてしまって目が見えなくなってしまいます。ところでこの時には 、10分以上その太陽の奇跡を見ていた人々は、目が見えなくなってしまったという事はありませんでした。

第4の奇跡は、この突然現れた太陽が躍り出した、非常に大きなスピードでぐるぐる回転したという事です。太陽が回転し出したのは3回でした。そしてそれを見て人々は非常に驚きました。自然の法則を超えた事が起こったからです。

第5の奇跡は、太陽から出た七色の虹のような光が、この地上のあらゆるものに色を付けたという事です。

特に人々を驚かせた事は、そのような踊っていた太陽が、人々の上に落ちて来たという事です。その時に現場に居合わせた人々が、口を揃えて証言を残しているのは、「太陽が落ちてき出した時に、皆叫び出して泣き出して、そしてパニックが起こった」という事です。或る者はこの地上に泥の中に平伏して、自分の今まで犯した罪を告白した人もいました。フリーメーソンや、教会を破壊しようとする敵や、批判しに来た新聞記者などは、非常に死なんばかりに恐れました。多くの人々が叫び出して、「これでもう世の終わりだ!」と思っているのです。この太陽が近付いて近付いて、この地上に衝突して人々を押し潰してしまうかのその瞬間、太陽は自分の場所にゆっくり戻って行って、そして何もなかったように、地上を照らし出し続けていました。

誰も、これは「幻覚を見た」とか或いは「催眠術だ」という事はできません。何故かというと、「何も信じない」という敵が、嘲笑いに来た人たちが、これを見て恐れたからです。

第7番目の奇跡は、この太陽の衝突の奇跡の直後に、今までずぶ濡れになっていた人々の服がカラッと乾燥していた事です。皆さん雨が、夜中に雨がザーザーザーザー降る中に、外に何時間も夜通し立っていたと考えてください。ずぶ濡れになっているという事を考えてください。その後で太陽が照らして、何時間か日向ぼっこをしたとしても、それでも服はまだ完全に乾いている事はありません。ところでこの時には、あっという間に人々の服は乾燥してしまいました。

この太陽が落ちて来るというのを見たのは、そこのファチマに居たそこの人だけではありませんでした。離れた、5kmとか10kmとか離れた人もそういうのを見ていました。

そこでこのファチマの奇跡は、過去起こった奇跡に無かったような特別の重大なものだという事が分かります。この太陽の奇跡は最後に書かれた署名のように、「確かにこれは天国からのしるしだ。これは本物だ」という事を証明するサインでした。

このようなこれほどの大きな奇跡は、イエズス様の御復活以後ありませんでした。或いはシナイ山でモーゼに天主が現れて、十戒を与えた以後なかったような奇跡でした。

しかも、天主の敵たちが多くそれを見たという。その多くの人々がその後回心しました。

なぜ天主様はそのような奇跡を起こしたのでしょうか?

「奇跡が大きければ大きいほど、そのメッセージの内容も重要である」という事です。「マリア様が私たちに伝えようとしたメッセージは、非常に特別で、極めて重要な内容がある」という事を理解しなければなりません。

この奇跡は、信じていないような人々に、何か特別な重要な事が起こっている事を知らせる為にありました。

しかし、太陽の奇跡よりももっと重要な奇跡があります。これは罪人が回心する時です。単純な人々が聖人になる事です。太陽の奇跡は今でも続いています、この罪人の回心を通して。朝の祈りも夕の祈りも知らなかったような子供たちが、本当に短い間に大聖人になりました。

ファチマのマリア様が世界中を巡礼して廻るその時に、多くの数えきれないほど特別な奇跡が起こりました。例えばアメリカ合衆国やメキシコなどのように、フリーメーソンの手に陥ったような国々でも、マリア様の御像が巡礼される時、このキリスト教徒として生活する事がますます難しくなるような物質主義や唯物主義にますます陥っているような世界でも、マリア様が通る時に、マリア様は大きな奇跡を起こします。

そのような、唯物論の世界に住む人々は、ますますマスメディアの言うがままに流されて、そしてますます天主様を忘れ、それから離れて、快楽だけに生きています。ところがこのマリア様の御像がその国を訪問されるだけで、信じられない事が起こりました。過去教会が経験した事がないような、多くの回心が起こりました。

マリア様の御像がそこを訪問して、周りにいる人々がそのマリア様のご要求に応えようとしたその時に、多くの奇跡が回心の奇跡が起こりました。20世紀に共産主義やフリーメーソンが、物質主義や快楽主義で天主様の無い世界を作ろうとしていた時に、マリア様がその御像で訪問されると、そのような計画をあっという間に踏み崩してしまったのでした。

【続く】

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。