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2017年09月19日

イオニアの自然哲学『哲学の起源』柄谷行人

『哲学の起源』柄谷行人

 「自由」が「平等」をもたらすイソノミア。その無支配という概念を生んだイオニアではどのような哲学があったのか。それを語るには主としてプラトンやアリストテレスによる史料が残るのみであり、彼らの見方がそのまま哲学史の通説となってきたことに注意すべきである。いわく、イオニア学派が外的自然を探求したのに対し、ソクラテスがそれを人間的行為の研究へ転回させた。ソクラテスにして初めて人はいかに生きるかといった倫理の問題を考えるようになり、「哲学」を誕生させたのだ、と。しかし、それは間違っていると柄谷はいう。

 いかに生きるかという倫理の問題は、「ひとが個人となるとき」である。氏族的共同体が色濃く残るアテネにそのような問題は生じない。一方、さまざまな共同体から出てきた植民者からなるイオニアでは、初めから個人が存在した。

 イオニアの自然哲学は、物質が自己運動すること、物質と運動が切り離せないことを強調した。柄谷によれば、それは、個人が存在することは移動することと切り離せないということに当てはまる。

 しかし、植民者の移動が続けば、いずれ拡張すべき空間はなくなる。空間は無限ではないのだから。移動する場所がなくなり定住するようになると、イオニアの自治的なポリス内部にも富の格差、支配関係が生じるようになる。結果として、イソノミアは消滅していった。

 ここで興味深いことが起こる。サモス島にいたピタゴラスはこのような事態に直面し、親友のポリュクラテスとともに、イソノミアを回復しようとポリスの社会改革に乗り出す。ただし、それは現にある経済的不平等を是正する行為である以上、デモクラシー(多数者支配)というかたちをとらざるをえない。この過程でポリュクラテスが次第に僭主となっていった。ピタゴラスはそれを批判し、サモス島を去る。

 この政治史から読み取るべきは次のことだ。サモス島では、もともとイソノミアがあり、それを回復しようとするデモクラシーの中から僭主が出現した。そこでピタゴラスが見たのは、僭主を待望し、すすんで服従する民衆の姿であった。ピタゴラスは苦い経験を味わう。

 このことから次のことがいえる。立憲主義に基づいていても、自己決定権を保持しても、自分たちが選んだ「代表」が僭主になることはありえる。そのとき民衆(デモス)は僭主の支配(クラシー)にすすんで服従する。

『哲学の起源』
著者:柄谷行人
発行:岩波書店
発行年月:2012年11月16日


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