ワーテルロー を訪ねて「Mémorial 1815 」の展示を見て歩き、

La Butte du Lion 」にも登ったわけですが、戦跡巡りにはまだまだポイントがあるようで。

ひととおり見て回ろうとしたらおそらく一日では足らないことでありましょう。


そこで今回はもうひとつだけ、ウーグモンの館(Château d'Hougoumont)を訪ねることに。

「Mémorial 1815」の入場券で入れ、無料シャトルバスで行けると知ったものですから。

草地の間を抜けて歩いて行けないこともありませんが、どうにも空模様が怪しいので

シャトルバスを利用したのでありますよ(往路・復路ともに乗っているのは一人だけ…)。



草はらを横目にバスがずんずん進んでいきますと、

やがて豪農の館でもあったろうかという建物の近くに到着します。



会戦地の中にぽつんと大きな屋敷があったものですから、

両軍にとっての前線基地として奪い合いの対象となり、激戦が繰り広げられたようす。

敷地内のはずれからはライオンの丘がこんなふうに見える場所なのですね。



とまれ、受付に回りますと「間もなくショーが始まるので、あちらへ」と指示された方向には

どう見ても農園の大きな納屋としか思われない建物しかない。



なかに入れば、なるほど何やりそうなステージと客席といった設えではありますが、

いったいここで何を?と思っておりますと、やがて場内は暗くなり、

やおらステージの床板が持ち上がっていくではありませんか…。



いやあ、驚きましたなあ。ステージから持ち上がった床板がスクリーンになり、

光と音のショーが展開したのでありますよ。もちろん、内容はウーグモンの激戦です。





ということで、ウーグモンの納屋と思しき建物は、

その外観からは思いがけずもスペクタクルな映像を映し出すシアターであったわけですが、

それ以外には基本的に古びた農園の佇まいといいましょうか。



ただ広い敷地の中には、かつての激戦を偲ぶよすががそこここに残されているようで。

例えば、広い中庭の中央位置することのチャペルです。


ウーグモンのチャペル


連合軍側のハノーファー軍とオランダ軍が守備したウーグモンをフランス軍が囲み、

火を放ったがためチャペルも焼け落ちたところが、堂内にあって16世紀末頃に作られたという

木造の十字架像は奇跡的に焼失を免れたのであるそうな。



そのような宗教的奇跡に類する話はともかくも、
戦場の中では小さなこの農園の攻防に

連合軍・フランス軍併せて26,000名もの兵力が投入されたとなりますと、人的被害も甚大でしたろう。



裏庭の片隅には墓石がここでの命を落とした兵のものでありましょうね。

多くはブリュッセル近郊に葬られたそうですので、ここにはわずかにふたつでありました。


いずれに葬られたにせよ、埋葬されたのはまだましなようでして、

先に見た展示施設「Mémorial 1815」を地下に造る際には

土中から白骨遺体が発見されたりもしたのだとか。



肋骨の間に丸い鉛玉が見えましょうか。

ナポレオン戦争時に使われたであろう銃弾であることから、

まさにワーテルローの戦いで犠牲となった兵士の遺体と推測されるのでして、

おそらくはこうした人知れず土の中に眠る遺体はまだまだあるのかもしれません。

(と、これはウーグモンでなくて「Mémorial 1815」に展示されているものですが)


「ライオンの丘」とウーグモンの間には、今はただただ草はらが広がっているだけ。

脇の方では何思うでもなかろう牛の群れが草を食み、寝転んでいるという。

 この牧歌的な風景がいつまでも続きますようにと願うウーグモンの館なのでありました。 


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