幸せを見る力 その3 |   霊視鑑定、電話占いの現場を書いてます。 

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電話占い、霊視鑑定の依頼をしなくてもがんばれそうな内容、精神面の強化につながりそうな事を主に書いてます。
不思議な話、幽霊の話、霊視鑑定師としての日々、葛藤など占い師として率直に思う事も書きます。

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10年間何してた。
聞かれると、もう頭抱えたいくらい恥ずかしい出来事もあった気がしないでもないけど。
そのあたりは、私、なので、もう仕方がない。過去は消せない。

10年のうち、7年は、
アメブロに向かっていた。
と言ってもいいと思う。

10年のうち8年は、
霊視鑑定を追いかけていた、
と言っていいと思う。

ここ数年は、更新も怪しく放置に近いが、
開始当初って、もう、すごかったような気がする。

当時は集客のほとんどがアメブロ経由だったので、
ここに来て下さった人とのつながりや、
その当時のお客さんの鑑定内容なんぞ思い起こせば、
新鮮で、どの鑑定もいい思い出である。

時には、人としての
猛烈なぶつかり合いもあった。
それら全てが感謝でしかないいい経験である。

今でも開始当初からのお客さんとの接点はあったりして、
ありがたいことだと思っている。

私は、ここでお客さんに育ててもらい、
その結果として、
今、色んな仕事を頂戴している。

なのでやはり、
過去の鑑定を見返したり、
今の自分を何度も疑って、

本当にいい鑑定とは、
というところをずっとずっと追求している。

さて、

本日は、最近の鑑定で思った感想を。

占いって、昔ならお店を訊ねて順番待って依頼して、
という流れであったけど、

今は電話鑑定が完全に定着していたりする。

電話鑑定の方がお客も気兼ねなく
本気で本音を語り、
思いっきり問題をぶつけられる。
泣こうがわめこうが自由だ。

鑑定側も鑑定だけに集中できる。

そういう環境だからこそ、
いい面、悪い面もあったりする。

お客の相談も対面ではとても言えないような性質だったりする。

その反面、

だからこそ、本当の本人が数回の鑑定で飛び出して、
ものすごい展開を見せてくれるものもある。

常識とか、世間体にガチガチに固められ、
あちこちに同じ相談を同じ人格でダラダラとぶつけていた人も、
驚くような自分が飛び出し変化を見せる。

対面なら相談話と本人の体裁に押し流されそうになるが、
電話鑑定は、常時霊視鑑定の絵を外さないで対話が出来る為、
本人のトラウマ部分をしっかりと刺激し、
本来の原動力であるそもそもの個性を強化できる。

どういうお話だとしても、
霊視の絵、
つまり精神エネルギーの大混乱、

家族との間で作られたトラウマ、
交際で更に強化されたトラウマ、
本人の逃げ、
本人の隠された性質、
そんなこんなから、作り出せなかった大事な精神要素、
その人を見つめる他者(生きていたり、死んでいたり。)からのエネルギー、

ここが綺麗になり
本人の気に迷い、戸惑いが消えないと
こちらは納得できない。
そこに力が入らないと同じ癖の同じ失敗の連続を見るのは

本人も嫌でしょうけど、
私はもっと嫌だ。

漢方とか、リンパドレナージュと
私の鑑定はどこか似ていると思うところがある。

表面の処理より、
本来の構造を一番大事に活かして支える。

この作りが出来ないと、
本当にイライラするのだ。
鑑定失敗、ぐらいに気持ちが悪い。

お客の満足というのは、

実はそんなに深くなく、
表面上の結果が取れればそれでいい、
というものも多かったりするが、

そのあたりはバランスだ。

表面だけに依存されて1回の鑑定が終わっても、
そこの処理だけしたようにしつつ、
必ず、主軸の部分の成長に手は付ける。

ここに手が付けられると、

お客は自分の経験を無駄にしない人生を送るようになる。
過去の自分を捨てて、新しい自分になり替わる落ち着きのなさは消える。

霊視鑑定、
こうならないと話にならない。



私は思っている。



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