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芥川賞作品の中ではかなり面白い方であり、根底には作者の技量があるように思った。
『コンビニ人間』 『海の見える理髪店』で直木賞受賞の荻原浩氏と村田沙耶香氏[産経ニュース]『コンビニ人間 (文春文庫)』['18年]
2016(平成28)年上半期・第155回「芥川賞」受賞作。2017年・第14回「本屋大賞」第9位。
私こと古倉恵子は、子供の頃から「変わった子」と思われていた。自らの言動で周囲を困惑させてしまうため、黙って言われたことをするよう心掛けていた。そんな私はある日コンビニのバイトに出会い、マニュアルで全て行動する仕事を天職と感じるようになって、大学時代から今日まで18年間コンビニで働き続けている。しかし年齢を重ね、結婚せずに36歳となった今の自分のことを、周囲は奇異に思っているのが感じられる。そんなある日、35歳で職歴もない白羽が新人バイトとして入って来て、彼は婚活を目的にバイトを始めたのだという。しかし白羽は女性客へのストーカー行為で解雇される。恵子は、懲りもせず女性を待ち伏せする白羽に声を掛け、恋愛感情はないが一緒に暮らすことを提案する。「同棲している男性がいる」ことが、恋愛をしないことの言い訳になると思ったのだ。その白羽は、自分にコンビニのバイトを辞めさせ、就職させて自らの借金を返させようとする。だが、就職のための面接に向かう途中で訪れたコンビニで、私は本社の社員を装って、困っているバイトに手を貸す。そして、コンビニで働くことを自らの体が求めているのだと感じるのだった―。
「文學界」2016年6月号に掲載された小説で、作者は新人かと思ったら、三島由紀夫賞を筆頭とする幾つかの賞を受賞した作家であり、そうでありながらコンビニエンス・ストアで週3回働いているそうな(芥川賞受賞会見の日も働いたというから、コンビ二で働くことがある種"精神安定剤"的効果をもたらすのかも)。主人公は、一定のルーティンへの強いこだわりなど発達障害的傾向があるように思いましたが、その辺りがよく描けているように思いました。でも、これ、自分の経験だったのでしょうか?
作者の"コンビニ愛"の地が出ている感じもしましたが、自分の経験だから書きやすいというわけでもなく、自分の経験に近いからこそ対象化するのは逆に難しいと言えるかも。そうした意味では、慎重に"満を持して"書いた作品なのかもしれません。遅ればせながら、芥川賞おめでとうございますと言いたくなります。
読後感も爽やかでしたが、「私は、人間である以上に、コンビニ店員なんです」なんて主人公の台詞は、芥川賞と言うよりちょっと直木賞っぽい感じもありました。でも、これまでの芥川賞作品の中ではかなり面白い方であり、根底には作者の技量があるように思いました。芥川賞の選評で川上弘美氏が、「おそろしくて、可笑しくて、可愛くて、大胆で、緻密。圧倒的でした」とし、「選評で"可愛い"という言葉を初めて使いました」と括弧書きしていました。
芥川賞のすべての選者が推したわけではないですが、山田詠美氏は、「コンビニという小さな世界を題材にしながら、小説の面白さの全てが詰まっている。十年以上選考委員を務めてきて、候補作を読んで笑ったのは初めてだった」と評価し、村上龍氏も、「この十年、現代をここまで描いた受賞作は無い」と評価しています。
芥川賞の選者以外では、辛口批評で知られる作家で比較文学者の小谷野敦氏が、『芥川賞の偏差値』('17年/二見書房)などで「本作のように面白い作品が芥川賞を受賞することは稀であり、同賞の歴代受賞作品でもトップクラスの面白さだ」と評しています。別のところでの小澤英実氏との対談では、「『コンビニ人間』は、単純に「面白い」ということでいいと思いますね。川上弘美が何か意味付けをしようとしていたけれど、意味付けなんてしない方がいい」と言っていて、そんなものかもしれないなあと。
個人的にも◎ですが、後は時間が経ってどれぐらい記憶に残るかなあというところでしょうか(芥川賞作品って意外と記憶に残らないものもあったりするので)。そうした意味では、"意味付け"することにも意味があるのではないかという気もしなくはありません。ただ、芥川賞作品としては『火花』以来の売れ行きだそうですから、世間的には記憶に残る作品となるのかもしれません。
【2018年文庫化[文春文庫]】
《読書MEMO》
小谷野敦『芥川賞の偏差値』('17年/二見書房)