「本当の看護とは何か?
本当のケアとは何か?
これほどまでにあっさり
胃ろうがつくられる社会状況は、
本当のケアが
なされていないからではないでしょうか」
これは看護だけでなく、
介護の世界にも言えることです。
そして医療の世界については
もっと言えることです。
二言目には、方法があればしなければならない。
しないことは無責任だ。
しかしこれが本当に本人のケアなのでしょうか。
自分の思いを
押し付けているのではないでしょうか。
本当のケアとは本人の望むところを
いかに察知してそれを叶えてあげるか。
あくまでこちらは黒子であることが
基本ではないでしょうか。
「平穏死」という選択
石飛 幸三 著
本当のケアとは・・・?
本当に難しい問題
難しからこそ、本人の意思を尊重するべきだ
との考えには頷ける
元気な間に本人を交えて終末医療のことを
忌憚なくなんでも話せる
家族の絆とコミニケーションが大切ということになりそうだ
何でもかんでも、あるならしなければならない
という本人の益とはかけ離れた考えで、
医療が進んでいくことは無益というか、
問題がありそうだ
こういうことは無縁の
幸せな家庭環境の中で生きてきたけれど
ここにきて、90を過ぎて老い先短い親に接して
身につまされる思いである
その、年寄りに、もし食べられなくなったら
胃ろうという延命治療があるがどうする?
なんてこと、話題にしていいものなのだろうか
理解できるほどの思考能力が
残っているとも思えない
でも、最近、
「食事が美味しくない」
「美味しいものが食べられなくなったらもうおしまいだな」
などと口にするようになった
どことなく、生きる気力が薄れてきたように感じる
こんな年寄りに、胃ろうなどの
終末医療はやはり回避すべきだと思っている
早起き鳥
人気ブログランキングに参加
読者の皆様のご支援に心から感謝申し上げます。