ブラームス

40年録音。快速で進むことで知られるトスカニーニ、ホロヴィッツの組合せでのブラームス、ピアノ協奏曲第2番の録音です。振幅はありますが、標準的な演奏時間50分を要するこの曲を45分に満たない時間で駆け抜けます。この録音以前の30年代、シュナーベル、バックハウスといった往年のピアニストの録音がありました。ドイツ系のピアニスト、新古典主義者、ブラームスが内実をともなった内容を協奏曲に求めて、そこに特化することが主流であった時代。ブラームスのイタリア旅行の成果、珍しく陽光差し込む時期の創作で、今でこそ、ポリー二、アバドの新旧の録音など、陽性の部分を表出するものがありますが、イタリア人、トスカニーニはイタリアという言葉抜きにすでにドイツ音楽の権威です。そして、その成果ともいえる第1交響曲の演奏はやはり早い。演奏は強く、娘婿ホロヴィッツもその路線に乗った上で、ロマン的な要素を発散させます。この曲の演奏では異色なものですが、凡百のものよりは、印象は強く忘れられない演奏となっています。強靭な中にも、3楽章のカンタービレ。チェロの歌わせ方は、この演奏ならではなのもの。演奏という行為に、並々ならぬ責任感を持っていたトスカニーニはソリストにも同じものを求め、とにかく合わせものに関しても共演者を選ぶのです。そのため、録音はきわめて少ない。少なさゆえのものだけではなく、独自の視点をもった演奏で一度は接しておきたい演奏です。
ピアノを伴った交響曲。1859年、第1ピアノ協奏曲の初演の失敗はブラームスの心に大きな傷を残します。ヨアヒムの指揮、ブラームス自身の手によって行われましたが、作曲の経緯は複雑で、二台のピアノのためのソナタから、さまざまな経緯を経て現在の形にまとまりました。冒頭に長い管弦楽を有し、まとめあげの過程には継ぎはぎもあり、バランスも欠いています。ブラームスの疾風怒濤期。恩師シューマンの死や、ドイツ・レクイエムの契機になった母の死。今日では、この曲ならではのロマンの香りが認められ、ソリストも曲が求める交響的な性各に応えていますが、当時の聴衆をもっとも困惑させたのは協奏曲的ではないということでした。名技性を否定し、独奏にも管弦楽に匹敵するものを求めた。第2ピアノ協奏曲では第1の失敗に鑑み、性格の違うものとすることは企図にありましたが、ブラームスのすべての協奏曲は、この交響的な性格に貫かれています。1881年の初演。前作から20年以上を隔てのものは、性格の違いだけでなく、貫かれているブラームスならではなの協奏曲観を聴くべきものです。ブラームスとワーグナー一派との対立。そのワーグナー派の急先鋒でもあったヴォルフ。第3交響曲での批判も有名ですが、第2ピアノ協奏曲でも作曲者自身が演奏したものをもって「この《ピアノ協奏曲》を、おいしく飲み下すことができた者は、食料危機を心安らかに待ち受けてよい。なぜならば、うらやむべき消化能力をもっていて、食料難の場合でも、窓ガラスやコルク栓、ストーブのねじといったものを代替食料にして立派にやっていけるのだから」。批判は逆の意味で、盛り込まれた内容の豊かさ、4楽章という巨大な構想をいったものです。快速で進む当盤に、腹もたれを心配する時間はなく、風景は過ぎ去る。それでいて主張は為されていて、演奏のもたらす心象、迫力に圧倒されることでは、まごうことなき表現者の演奏でした。

クリックよろしくお願いします 星       
        ↓
    


Brahms Piano concerto 2 Toscanini, Arturo: NBC Symphony Orchestra. Horowitz, Vladimir