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日本橋高島屋で「竹久夢二展」を見る

2014年10月01日 00時00分24秒 | Weblog

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2014年10月1日 No.2749 日本橋高島屋で「竹久夢二展」を見る

今日は9月30日火曜日で、日赤で糖尿病の問診の日でしたが、極めて健康、O先生から褒められました。そこで遅くなりましたが、日曜日に日本橋高島屋で見た「竹下夢二展」のお話をしましょう。下の写真は「竹久夢二展」で日本橋の前妻たまきの港屋の前の竹久夢のデスプレーの写真の前でここだけは写真をを撮っていい所だそうなので1枚撮りました。なかなかハンサムですね、女にモテタでしょう。、

竹久夢二は大正ロマンを代表する詩人画家で、1884年に生まれ、1934年に50歳で他界しました。ちょうどわたしが満州で生まれた翌年です。今年は夢二の生誕130年を記念してここ日本橋の高島屋で夢二の一生を綴った「竹久夢二展」が行なわれている訳です。

この写真はポスターで昭和8年(1933)東京日本橋店のポスターを竹久夢二の師匠でもある岡田三郎助が書いたものであるが、竹久夢二が、美術学校に行けないのを悩んでいたら、岡田三郎助は、夢二が美術学校に行ったら竹久夢二の好い個性が無くなるから美術学校にはいくな。と助言したそうです。

 

そこで新たな視点からその芸術と生涯を独特な情感で数多くの美人が世におくり、一世を風靡した夢二でした。上の水彩画は「美人水彩」といって、大正前期に描かれたそうで、夢二の故郷、岡山第2美術館蔵だそうです。

大正中期に竹久夢二が描いた山国は」で岡山第二郷土美術館蔵です。 山国は はや秋風の 立ちそめぬ 吾がおもふ子に さやりあらすな 夢二

大正に入り、夢二が「大正の歌麿」と賞賛されたのは、ロマンチックでありつつも自立した女性に迫る、全く新しい芸術とも言うべき、女性像を生み出したからではないかと思うが決して美術界では評価されておらず、虚しい人生を送ったのも事実である。

上の絵は「秋のいこい」大正9年(1920)に描いたものですが、憂いにみちた彼女の顔には、やるぞ。という自立性が満ちあふれているようです。

最後に夢二の「浅草の女」昭和6年(1931)作です。

寺の鐘なら ひけば鳴ろ おいでも くんな 切れた縁 かの 浅草の踊り子を おもひで 清水兄に おくるとて 辛未 春宵 夢生

 

 

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