パリの同時テロ事件を受け、
わが夫(英国人)の同僚女性がひとり
かなり感情的に動揺しており、
「あのニュースを最初に聞いた時は
もうものすごく落ち込んだんだけど、
その後から何故パリなの、何故
コンサートホールやレストランが
攻撃対象なの、何故一般市民が
こんな目にあわなくちゃいけなかったの、
と考え始めたら今度は腹が立ってきて!」

「うん、わかるよ」

「でもその後にね、パリであんなことが
起きたのに、私はスコットランドで
特に何が変わったわけでもない日常を
翌日からのうのうと送っているでしょ?
それってどうして?私だって
レストランに行くしコンサートにも行くわ、
でも襲撃を受けたのは私じゃない人で、
じゃあ私とあの人たちの違いって何?
どうしてこんなことが起きるの?
そんな風に考え始めたら今度は
どんどん心が重くなっちゃって、
なんかもう本当に泣きそうなの、私、今」

「うん、うん」

彼女が感情を吐露するのに合わせ
私が相槌をうつ一方で、
わが夫はずっと無言を保っていました。

彼女と別れてからの帰り道
「君はまたずいぶんと黙りこんでいたけど
何かあったのか?大丈夫?」

私の問いに夫はなおもしばらく
口をつぐんで何事か考えてから
「・・・パリの同時テロの話に対してはね、
僕は今、まず自分自身に心の中で
こう言うことにしているんです
『世界で1日に交通事故で
命を落とす人は約3千人。
テロで命を落とすよりも
交通事故で命を落とす確率の方が
世界全体ではまだまだ高い』」

夫のこの言葉を聞くなり
私は一瞬にして頭に血が上り
「・・・お前なあ、それは不謹慎だろ!
というか論のすり替えだろ!
今回のテロの標的はたまたまパリだが
英国も日本も先進国側、反ISサイド、
そういう他人事な態度はどうかと思うぞ!
それに中東情勢の混乱の責任は
現代を生きる我々
成人男女全員にあると私は思うし!」

私の怒りを夫は正面から受け止めて
「違うんです、そういうことではないんです。
今回のテロを起こした人たちが目指したのは、
世界を動揺させ、憤らせ、感情的に
行動させることだ、と僕は考えているんです。
だから僕はあえて動揺すまい、憤るまい、
感情的になるまい、と決めているんです」

・・・うーん・・・

「君の言いたいことは理屈上
理解できないことでもないんだが、
感情的になるまいとするのと
屁理屈で己を納得させるのは
それはまったく違うことではないか」

「今回の同時テロの犠牲者のことは
僕だって悼んでいます。
テロは防がれるべきです。
ただ、たとえば今回の襲撃を受けて
Facebookで多くの人がフランス国旗を
自分のページに掲げていたでしょ。
そうする人たちの気持ちはわかるんです。
あれを見て心が軽くなる人が
存在するであろう事実もわかるんです。
でもね、同時に、あれを見てテロリストは
自分たちには影響力がある、テロには
力がある、と考えるかもしれないでしょう。
そうなるとそれは彼らの思うツボですよね?
だから僕はそういうことをしたくないんです」

夫はずいぶん前から
『英国はEUから距離を置くべき派』で
EUから距離を置きたい理由のひとつは
『EUが英国にシェンゲン協定への
参加を求めているから』で、
このシェンゲン協定というのは域内の
移動・通行の自由を謳っているもので
(つまり加盟国間なら国境での検査なしに
国から国へ移動することが可能)
すでに欧州の多くの国がこの協定に署名済み。

しかし今回の同時テロでこのシェンゲン協定の
利便性が悪用されたことから
(オランド仏大統領曰く『テロは
ベルギーで準備されフランスに持ち込まれた』、
フランスは今後以前のような国境管理を
再開するのではないか、という見通しが
一部では出ています。

国境検査の重要性を信じる夫にとって
これはせめてもの朗報なのかと思いきや
「フランスが国境管理を再開するのは
正しいことだと僕は信じますが、
しかしその決断がテロによってもたらされた、
という点には釈然としないものを感じます。
それはある意味、テロの影響力を
国家が認めたことになりますから」

夫の言いたいことは・・・

妻としてわからないでもない・・・

とりあえず個人的にはしばらく
「こういうテロなんかがあるとやっぱり」
という言い回しを使用しないように
気をつけようと思っております。

たとえば難民問題について
「こんなことがあるとやっぱり
難民を受け入れるのは危険だよね」
と言いたくなるのが人の情ではありますが
でもそれはISがまさに狙いとしていた反応。

そこに危険性が存在するのは
最初から分かっていたことで、
求められていたのは
そうしたリスクをいかにして管理するか、
という点であったはず。

念のため申し上げますと私は
『諸手を挙げて難民受け入れ
賛成派』ではありません、
有事の際の理性のあり方を
問いたいだけでございます。

世界はどこまで
冷静にテロに対処できるのか。

その時、冷静さと冷血さの
境目はどこにあるのか。

とても難しい問題だと思います。


正直、わが夫は少々『冷血』側に
メーターが回っている気もするのですが、
テロリストの目的が欧州・先進国社会の
心理的分断であると仮定するなら
そうした夫の『私とは異なる』考え方を
「・・・そういう物の見方もあるよね」と
認めることが
寛容な社会の実現の第一歩なのか、と・・・

ああ、でもこういう『自分と違う意見』を
認めるのって難しいですよね、
認めることと同意することは違う、と
頭ではわかっていても!

なお、夫の言っていた
『世界で1日に交通事故死する
人の数は約3千人』は数字として
特に間違ってはいない模様です
こちらの記事をご参照ください)

いや、でも私が引っ掛かったのは
そういう数字ではないのよね

しかし『感情的になっては
相手を喜ばすだけだから、ならない』は
態度としては間違っていない気もするし

本日の記事、自分でも
結論が出ないままアップしてしまいました

でもこういう問題は結論なんて
なかなか出ないのが正解なのかもしれません

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