スコットランド夏の祭典

エジンバラ・ミリタリー・タトゥー

Edinburgh Military Tattoo)、

公演最終日のその翌日、日曜日。

 

 

わが夫(英国人)の弟3号から

電話がかかってまいりまして

兄弟間の雑談を

聞くともなく耳にしていたら

「昨日?昨日はほら、僕は妻と

エジンバラにタトゥーを観に行ったよ」

 

ああ、夜空に響き渡る

あのバグパイプの音色と

怒涛の打楽器隊の妙技、

あれはよかったなあ、と

思い出に陶然とする私をよそに夫は

「・・・うん、うーん、何だろう、

つまり一言で言うと

タトゥーというのは単なる

ブラスバンドの集合演奏会だよね」

 

おいおいおい!

 

私の非難の眼差しに気付いた夫は

失言を取り繕おうと思ってか

「でもね、タトゥーの前と後に妻は

僕にビールを奢ってくれたんだ!

エジンバラのパブでは

いいエールが飲めるんだよ!」

 

夫への眼差しがさらに冷たくなる

私の顔を見詰めながら夫は続けて

「でもどうなんだろうね、タトゥーの

公演開始が夜の10時半というのは。

いくらなんでも遅すぎるよね。

妻も僕も今日は朝から眠くて眠くて」

 

違う、私のこの表情は別に

眠気に負けた結果ではない。

 

ともあれわが義弟3号との

電話での会話を終えた夫に

「さっきのあれはいったい何だ。

『単なるブラスバンドの集合演奏会』って」

 

「端的な説明でしょ?つきつめれば

すなわちタトゥーとは各国の

軍所属のブラスバンド隊の

演奏披露会なわけでしょ?」

 

「演奏以外にも色々あったろ!

ドリル演技とか合唱とか花火とか!」

 

「でもメインはブラスバンド演奏でしょ?」

 

「君はあの大集団が

整然と足並みを揃えて行進し

指揮者の指示のもとに

足運びを自在に変える離れ業に

気付いてはおらなんだのか!」

 

「気付いてましたよ。

気付いていましたけど、

僕はそういうものに

君ほど感動しない性質なんです」

 

「・・・」

 

「だって歩き方を変えて

それが何なんですか?

はっきり言ってしまうと

僕は軍楽隊というものの

存在意義がそもそも

よくわからないんですよ」

 

「ノルマンディ上陸作戦時における

スコットランドのバグパイプ部隊の

狂気の活躍の話は君も知っているだろう!」

 

「いや、たとえばここに子供がいて

『僕は大きくなったら空軍の

パラシュート部隊の隊員になりたい!』

って言うとしますよね?

僕はその子を応援しますよ。

『そうか、頑張れ!』って。

反戦・平和主義者である君は

子供の夢をそこで無慈悲に

挫くかもしれませんけど」

 

「・・・」

 

「『軍医になりたい』という子の

気持ちも理解できるし、

『将校になりたい』という希望も

『戦車に乗りたい』という夢もわかります。

でもね、『僕は軍に入って

楽器を演奏したい』というのは

僕にはちょっとわからないというか・・・

軍には他にも色々仕事があるし

そこまでラッパを吹きたいなら

別に軍に入らなくても・・・」

 

「お言葉ですが私には

その子の気持ちはよくわかるぞ、

上手にラッパを吹きつつ

粋な制服を着て堂々と行進をする、

ある意味純真な子供の胸を

真正面から撃つ格好よさ

・・・自分で言っていて気が付いたが

ヒトラーだかゲッペルスだかの

軍に大事なのは格好よさだ、という理念は

大衆心理をよく理解した諦観だなあ」

 

なお念のため申し上げますと

わが夫はもしもどこかの幼子に

「僕は将来軍楽隊でラッパを吹きたい」

と言われたら、慌てず騒がず

「そうか、頑張れ!」と笑顔で

反応する予定ではあるそうです。

 

それにしてもタトゥーに対する

この夫婦間の温度差は一体。

 

「君、もしかしてあの

日本隊の演技にも実はそれほど

感銘を受けていないのと違うか」

 

「・・・ほら、僕はどうやら

こういう方向に対して

感受性が鈍いみたいですし」

 

「鎧武者の殺陣についてはどう思った」

 

「あれは割と興味深かったというか」

 

「『興味深かった(interesting)』ねえ」

 

「他にどう形容しろというのです」

 

まあでも確かに

日本隊のあのパフォーマンスに関して

私は完全に身贔屓モード

入ってしまっておりますし、

うーん、あのレトロ耽美な演目に対する

一般的な評価は果たしていったいどんな

ものなのかしら、と気になりはじめた私は

友人の某韓国人淑女に

「君、日本隊の演技をこの間

褒めていたでしょ、『すごくよかった』って。

具体的には何がどうよかったのかしら」

 

「えっとそれはつまり・・・

非常に・・・興味深かったです!」

 

横にいたわが夫がここで楽しげに

「妻ちゃん、いいですか、

この場合の『興味深かった』は

とても礼儀正しい褒め言葉ですよ!」

 

ええい黙らっしゃい!

 

来年のタトゥーには

私は夫を誘わない予定です。

 

 

「えっ、でもモーターバイク隊の

アクロバット・スタントがまたあるなら

僕もあれはもう一度観たいですよ」

とか夫は申しておりますが、知るか

 

ところで『ドリル(dril)』は

もともと『軍事演習』の意味

 

来日した英国のメイ首相は

日英合同で来年に

軍事演習を行うと発表したそうで

 

「対北朝鮮問題で英国は

日米側につく、という姿勢を

こうして示してくれたということだな」

 

「そうですそうです、でも我が国は今

防衛費をざくざく削減しているので

ごくごく少人数の人員しか

送り出せないみたいなんですが」

 

でもこの『日英合同軍事演習』って

歴史的にかなり重要な起点に

なりかねない

国家間合意だと思うんですが

・・・あんまり日本で話題に

なっていないような気がするのは

私の勘違いだったりしますでしょうか

 

まあ英国でも

大ニュース!扱いではないんですが

 

そんなわけでタトゥーの話は

本日で一応おしまいでございます

 

ああ、早く来年のタトゥーを観たい!

あのバグパイプの音色をまた聴きたい!

 

タトゥーを愛するあなたも

「うん、まあ興味深いですよね」なあなたも

お帰りの前に1クリックを

人気ブログランキングへ