1.30.2011

想像とは違う声 「キャットフィッシュ」



当事者が実名で登場するフェイクでないドキュメンタリーだが、 傾向の近い作品である 「タルホットブロンド」 などと比べると詩情があるし、 哲学的なメッセージもあって良作だ。

NY在住24才のカメラマン ヤニヴは、 ふとしたことから8才の絵の上手な女の子アビーと友だちになる。 彼女はミシガン州に住み、 彼の撮影したダンス写真をベースに絵を描いて送ってきたりする。 地元では有名な子供画家らしいが、 なにぶん まだ子供なので、 コンタクトを取るうちに彼女の母や姉と仲良くなる。 やりとりは主に facebookで行われる。

こうしたファミリーな付き合いは、 実名で登録する facebookでは意外によくあることのようで、 知り合いのフランス人も留学中の娘と facebookでコンタクトを取っている。 しかしここにはもう一つの現代的な病が潜み、 実名とプロフィール写真という前提が新たなファンタジーを生んでいるということを作品は明らかにする。

アビーの姉である19才のメーガンに恋したヤニヴは、 たくさんのテキストと携帯での少しの会話が物足りなくなり、 リアルの彼女に会いに行く。 しかしその前に不可解な事実が。 メーガンは作曲したり歌ったりするというので、 映画のテーマ曲を依頼する。 すると いい感じのものが送られてくる。 だが偶然、 ネット上で似た曲を発見してしまう。 どうも何かがおかしい。

わだかまりを解決するには会うしかないということで、 シカゴまで飛行機で、 そこからはレンタカーを借りてのロードムービーに。 夜の牧場へたどり着くあたりは、 なかなかサスペンスフルな展開となる。 さまざまな新事実が発覚し、 それはヤニヴにとって ともすれば不気味で、 また わびしいことだったが、 ここで彼の取った行動は寛容かつ誠実で、 自らの痛みに耐えて人を許すキリストがオーバーラップするかのよう。 それはいまアメリカが新たな時代の胎動の中で葛藤する姿のようでもあり 意外な感銘を受ける。

タイトルのキャットフィッシュとは 'なまず' のことだが、 そこにはこんな意味が込められている。 "なまずといっしょに搬送される魚は、 敵の存在を感じて俊敏さを失わず鮮度が保たれる。 同様に危機感を持つ人間は、 つねに考え、 鈍くならずに生きることができる"

エントリー題は、 初めてメーガンに電話したヤニヴが思わず発した言葉。 感のいい人はこのへんで先が読めるかもしれないが、 想像を超えた展開があり、 しかも事実なのだからサンダンス映画祭などで話題になるのもわかる。 日本公開があるのか ないのか、 こういう作品に触れる環境は日本には少なくて残念な限り。 いつかどこかで見かけても、 そのときはもう鮮度が失われているかもしれない。




キャットフィッシュ(原題) Catfish (2010) 日本公開未定 
監督 アリエル・シュルマン+ヘンリー・ジュースト 
ヤニヴ・シュルマン アンジェラ・ウェセルマン・ピアース メロディ・C・ロシャー

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