悪の存在 | さとこのチカラ

悪の存在

最近欲しいものって言ったら、銅鑼(ドラ)ですね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

以前もお伝えしたかと思いますが、我が家の朝の状況は酷い!

 

私以外、誰も起きない(泣)

 

さとこ は最近少しマシになって、目覚ましで意識は多少戻るようですが

 

起き上がりません。ましてや子供達は目覚ましが大音量で鳴っていようが

 

完全に熟睡してます。

 

私は子供の頃から神経質な部分があるからだと思うのですが、目覚ましが

 

少しでも「ピッ」と鳴ると瞬時に目が覚めてしまうのですね。

 

そして次の瞬間起き上がる事もできる(笑)

 

 

さとこ が完全な寝坊助だと気付いたのは、新婚時でしたね。

 

婚前も寝起きが多少悪いかな?? と思っていましたが、それはかなり

 

無理して起きていたとの事。

 

私が当初夢見ていた、「奥さんに優しく起こされる」という願いは

 

結婚と共に瞬時にして崩れ去りましたよ(泣)

 

以降、何十年、毎日毎日私が目覚まし係として、さとこ 初め家族を起こす

 

日々を送って参りました。

 

 

 

 

 

いや、朝家族を起こすのにどれだけ時間を費やすかって事ですよ。

 

一度、二度、三度と起こしに行き、都合30分くらい?

 

それだけ朝の時間が無駄になります。

 

私もこう何十年と続き、これからも続くのかと思うとイヤになりまして、

 

こうなったら近所迷惑でもいいから大音量で速やかに起こしたいって

 

いう思考になっていまして、文初の「銅鑼が欲しい」に繋がるわけです。

 

銅鑼って言ってもおもちゃのような物ではなくて、願わくば直径1mくらい

 

欲しい感じ。

 

こんな感じのもの

 

 
 
 
 
 

動画をいくつも見て、「そうか〜〜こうやって鳴らすのか」と勉強しながら

 

寝室のどこに置こうか、、と思案したりして(笑)

 

まあ、この銅鑼を「グワワワ〜〜〜〜〜〜ン」と叩いて、一瞬して起こす

 

というのが私の理想ですね。

 

危惧しているのが、どうもかなりの範囲に超低周波が余裕で届いてしまう

 

という事と、地震とかでこれが倒れたりすると痛いかな?(かなり痛い?)

 

まあそんな感じですが、いままでの朝の苦労がこの音一発で解決できるなら

 

私の精神的ストレスも解消ってもんですよ(笑)

 

 

まあそんな大音量が出るものですと、起こす以外の用途として、最近

 

我が家に溜まっている浮遊霊も逃げるかな?とも。

 

おそらく生前にこの音を聞く機会はほぼ無かったと思いますし、

 

あまりの大音量のうるささに嫌がるのでは?という企みもあったりする

 

のですよ(笑)

 

 

 

 

 

とにかく浮遊霊は多いですからね〜〜

 

街行く人と同じようにどこにでも居ます。

 

そして時として、弱っている人に悪さをしますからたちが悪いのです。

 

視えない人は、そんな浮遊霊をもって「悪霊の仕業だ!」とまくしたてたり

 

して、余計に面倒な事になったりしますしね。

 

浮遊霊ごときでは、普通に生きている人間の方が強いんです。

 

(弱っている時がよくないだけです)

 

ましてや、悪霊=悪魔みたいな考えで、西洋などではサタンなどの

 

悪の象徴みたいな存在さえ浸透しているじゃないですか?

 

神の対極としての悪魔みたいな。

 

 

 

 

 

今回はですね、さとこ が今まで霊視してきて、その存在について

 

一言、言いたいとの事ですので、私と話した事をまとめてみますね。

 

ちょっと深いというか、ある意味根源的な部分もありますので、

 

考えさせられましたね。

 

ん〜〜〜〜マンダムって感じ?(←古い)

 

 

 

 

 

では

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「今までかなりの方の霊視をしてきて、いわゆる悪魔というものを視た事はないんだよ。

 

 浮遊霊の中には、たちの悪い者もいて、人をしてそれを悪霊と呼ばれるような者は

 

 私も避ける事はあったけど、そのボスキャラのような者を感じた事はないね〜〜」

 

 

 

 

 

この言葉が出る前に、高尚な霊(神のような存在)に対極する悪の存在は居るのか?

 

という話をしていまして、まあその時点で普通の家庭の会話ではないな〜と

 

思いますが(笑) 

 

なぜこの世から悪が無くならないのか、、こんな話もしていましたが、

 

それは悪い思想を持った霊が多く存在するから、感化されてしまっているのでは?

 

という私の答えに、さとこ は冒頭のような言葉を発しました。

 

 

 

 

 

「仮に誰かに攻撃されているというご相談があったとするよ。

 

 他の霊能者の方に視てもらったら、攻撃する人には悪い悪霊が憑いている、

 

 みたいに言われて、どうやったら助かるのか?と」

 

 

 

 

 

あ〜〜よくあるパターンだね。

 

職場なんかの話が多いかな? 所詮他人だからだと思うけど、案外家族や親戚の間で

 

というのもご相談にあるね。

 

 

 

 

 

「家族はまだしも、職場で対立している人の写真は撮りにくいでしょ? しかも

 

 一人だけではなく複数だったりする。職場というのは複数の人間関係で成り立って

 

 いるから各々の関係を理解しないといけない。その状況下で、写真は無いとなると、

 

 私には正確に霊視はできないし、何より適当な事をお伝えするわけにはいかないから

 

 とても困るんだよね」

 

 

 

 

 

さとこ の霊視は写真が基本です。

 

その基本部分が無い中で、霊視を依頼される方が多いという事は、さとこ から

 

よく聞きます。

 

おそらく電話での会話中に、スラスラと霊視してしまうので、写真がなくても

 

霊視できるのではないか?と勘違いされている方が多いのではないか、、

 

 というのが私どもの思う所です。

 

 

 

 

 

「写真があれば分かるよ。職場の問題にしても過去には写真が有って霊視可能な

 

 件もたくさん有ったしね。そういう事例で言うと確かに攻撃的な人というのは

 

 色々と問題が多いのだけど、その人の周りに居る人や傍観者から伝わってくる

 

 ものからでもだいぶ違うの。

 

 ただ見ているだけという人は、自分はそういう現場を見てどうしよう、、と

 

 思いつつ何も動けなかったり、酷い人に至っては強い方について、自分も一緒に

 

 攻撃するとかね。つまりそれが悪が出来上がっていく構造なんだよ」

 

 

 

 

 

それは、、最近子供達のイジメ問題って話がよくでるけど、まさに強い者について

 

自分も一緒に攻撃する、、という状況そのもの。

 

子供の世界は大人の世界の縮図だから、表面的に取り繕っても根源的な部分で

 

その要素を持っている人が居るという事だね。

 

それが悪の根源か、、、何か深い話になってきたな。

 

 

 

 

 

「すごく攻撃的で多くの人を自分の支配下におきたいという人は少数派で、その周りに

 

 居る人が、それはやってはダメと止めさせていれば誰かが攻撃され続ける事はない。

 

 悪というものは、主犯格はもちろんだけど、それを止めない人達が実は目立たない

 

 けど一番悪を作り上げていく人達。

 

 私が視えるソウルシェイプを視ていても、常に平穏を求めるような天秤を持っていたり、

 

 正義感溢れる剣や弓を持っている人達というのは、沢山いるから世の中の全員が全員、

 

 悪い人達を許せる人達ではないのだけど、なぜかそういう人達が人道上正しいはずなのに

 

 苦労をするという変な世の中になっているなとすごく感じるんだよね」

 

 

 

 

 

正直者が馬鹿をみる世界、、

 

正しい事をやっている人が虐げられる様な、そんな世界はまさに

 

悪の世界だよな。

 

ん〜〜〜何か最近の政治の話を思い出す。ドロドロしすぎだよ。

 

 

 

 

 

「もし悪という物が存在するのであれば、悪い事を悪いと言えない人間の弱さ。

 

 それが永遠に無くならないから、悪もいつまでも無くならない。

 

 大昔から悪いと言われた人を刑務所なりに閉じ込め続けているのに、また必ず

 

 新たに刑務所に入る者が現れる。

 

 もし神と言われる善の存在が、世の中を正しくしようと思っているのであれば

 

 これだけ悪い人を捕まえていれば、とっくの昔に悪い人はいなくなって良いはず。

 

 そして疑問に思うのは、多くの人が多くの神を信仰していて、どの教えも基本は、

 

 悪い事をしてはいけません、と言い続けているのにね。

 

 なのに無くならないというのは、やはり人間の中の弱さが悪の要因になっている

 

 からだと思う」

 

 

 

 

 

そうだよな〜〜〜 どの宗教も清く正しくが基本なはずだよな。

 

でも悪が無くならないのは、それが人の心の弱さが関係しているからか、、、

 

かなり哲学的な話になってきた(笑)

 

 

 

 

 

「本来の神というものは、人に対して優しいとか癒すとかなどの、人が求める

 

 過保護的な存在ではなく、もっと冷静で全ての事象において正しいか正しくないかを

 

 じっと見ている感じ。

 

 それはつまり人間の弱さを見ていて、自分を冷静に見れ責任をもって生きるという

 

 魂の鍛錬を望んでいるんだよ。

 

 神の存在と逆の存在、一般的に悪魔と言われている存在は、実は弱い人が

 

 自分のせいにはしたくないから、仮想として象徴をつくりあげた存在なんじゃないかな?

 

 と思う。

 

 先にも言った通り、私の霊視では視る事ができないし、その存在をどうしても

 

 感じられないから」

 

 

 

 

 

 

さとこ は悪の存在について、そんな事を私に教えてくれました。。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

先にも悪魔払いの話をしましたが、どうも さとこ には象徴的な悪魔という

 

ものは今まで視えた事、感じた事がないようです。

 

それはつまり「居ない」という可能性も含んでいると思います。

 

一般に言われている悪魔のような存在は、悪霊、つまり悪意を持った浮遊霊で

 

あって、悪の頂点に立つ者にはならない感じです。

 

 

そして実は悪というものは、人の弱さが根源になっているという事を

 

言っています。

 

ダメな事はダメだと言えない、その心の弱さが悪を生み出している。

 

そして自分のせいだとしたく無いから、悪の象徴を作りだしているとも。

 

 

 

そう指摘されると合点がいく事がいくつもあるように思います。

 

子供の世界は大人の世界の縮図です。

 

いじめなど身近な事件を見ると、悪の発生の仕方を感じてしまいます。

 
 
 
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