本日の徒然のテーマは「屁」の屁理屈


この記事は、人生における「美」を優先順位に高く意識し、穢れを敵として恥を感ずる方にとっては不快な内容かも知れず、「どうせお前さんが綴る記事などいつものことなのだからへっちゃら Come on!」と仰って頂ける方にのみ読み進めをお願い致したく・・・筆者軽薄・・・否・・・敬白。

本日の徒然のテーマは「屁」でございます。

正式には「屁理屈」についてなのですが、昨今のニュースを眺めていると世の中は何とも屁だらけといいますか、屁理屈だらけに感じたりしているのでした。

屁理屈とは、屁(おなら)のように頼りない理屈との意味で、その当事者本人に至っては、一本の筋が通っている正論のつもりで力説してはいるが、他人からすればこじつけの理論や苦し紛れの言い訳にしか聞こえないお話のことをいいます。

季節の移り変わりの都度にその自然の変化を愛で続けた感性によりご先祖様たちが産み落とされた素敵な言葉が溢れている日本の中で、「屁の理屈」だと仰られたご先祖様の感性と申しますか、江戸言葉でいうなら「てやんでぇい精神」と申しますか、反骨のウィットと申しますか、ご先祖様・・・好きです・・・と言いたくなってしまうのでした。

「おなら」と「屁」


ここで日本語の正しい理解を深めたいと思うのですが、物の書によれば、腸で発生されるガスが水戸さまから排出される気体(ここ重要)のことになりますが、音がするものを「おなら」、音がしないものを「屁」と言うそうです(医学的には分かりませんが)。

つまり、屁理屈の「屁」とは、俗にいう「すかしっ屁」に当たるものになるのかと思いますが、音がする「おなら」であるならその所在も突き止めることは出来ますが、周りを煙に巻き、時に苦しみさえも与える「すかしっ屁」の如きの理屈が屁理屈の正体であるとご先祖様は仰られたのかと一人合点をしているのでした。

そんな「屁」についてはこんな例えもあり・・・

鼬(いたち)の最後っ屁
イタチは窮地に追い詰められると悪臭を放ち、相手が怯んでいる隙に逃げることから非常手段の例え。

沈香も焚かず屁もひらず(じんこうもたかずへもひらず)
「沈香」とは、熱帯地方に産する良い匂いのする香木のことですが、沈香のような良い香りもないが、おならのような悪臭を放つこともない、特に悪いこともしなければ、良いことをする訳でもなく、無害だがきわめて平凡なことの例え。

屁をひって尻窄める
江戸いろはかるたのひとつにもなっていますが、人前でおならをしてしまった後に、おならが出ないように慌てて尻をすぼめることから、失敗した後で、慌てて隠したり、取り繕うことの例え。

百日の説法屁一つ
百日間にも渡りありがたい説法を説き続けてきたお坊様が、おならを一つしたために、厳粛な雰囲気が壊れ、それまでのありがたみがすっかり無くなってしまう、長い間の苦労が、ちょっとしたことで全てぶち壊しになってしまうことの例え。

理屈と屁理屈


「おならしちゃった」にはどこか可愛げがあり、自然現象なんだから仕方ないよ・・・と、慈愛を以って接することが出来るのに、「屁しちゃった」と言われると、「ごら! お前の水戸さまは根性なしか!」と感情を露わにしてしまいそうになるのは不出来なボクだけでしょうか・・・

浮世の出来事は十人十色の受け取り方があり、それぞれが真実であるともいえるのですが、邪念を捨ててその時代の物事の常識に置き換えて見た時に確かな理屈と屁理屈に見えることの2つになるのかも知れぬと、国会中継を眺めながら思うのでした。

大きく括り過ぎではありますが、与野党のどちらが「確かな理屈」でどちらが「屁理屈」に感ずるかはそれぞれの価値観になるのかとも思います。

今年の流行語大賞に「ブーメラン」がノミネートされるかどうか、その対象者が授賞式に登壇されるかどうかは分かりませんが、屁はしても実・身は出すなよ!と思いつつ、ご先祖様はこの国の状況をご覧になって「どっちもヘッ?」てな感じだなと仰られるんではないかと思ったりもするのでした。

さてさて・・・ガス抜きは誰が・何がしてくれるのか・・・屁もいい加減にしてさぁ・・・と思う今日この頃・明日の今頃なのでした。








笑顔の行方を見つめて

all written by  Career wing  T.Yoshida@ponyo




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