「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」において、久しぶりの2人のトークがあったそうですね。
私と同世代くらいの人たちは、毎週、日曜日の夜は、「ガキの使いを見て、笑ってから寝る」っていうサイクルで日々を送っていた人が相当数いると思うんですね。
私も、実家にいる頃は、毎週欠かさず見てました。
トークも企画も、毎週、最高におもろいわけではなかったけれど、月に1回は腹を抱えて笑うレベルのお笑いが展開されていました。
で、そんな久々のトークを受けて、こんなコラムがあがっていたんですね。
ダウンタウン「ガキ使」8年ぶりの漫才はどうだったか?
私は、このコラムを書いた高橋維新さって方のことを、全く存じ上げないのですが、これを読んで、「何、言ってんだ?」ってことを思いました。
「うん、そうだよね。」って思うところもあるものの、「は〜?」って思ったのがラストのところ。
あと昔からそうなのだが、浜田のツッコミは「なんでやねん」「そんなわけないやろ」に代表されるような「そのくだりがそこで終わってしまう台詞」が中心である。松本の次のボケにつながるようなフリも含んだツッコミができるとなお良いと考えている。
浜田「きみ何歳や?」
松本「10歳」
浜田「そんなわけないやろ」
浜田「きみ何歳や?」
松本「10歳」
浜田「もっといってるやろ」
松本「92歳」
ここに書いたのはすごく基本的な例だが、「もっといってるやろ」というツッコミであれば「もっといった歳を出す」という松本の次のボケにつなげられる。こういうのをもっと増やしていってほしいということである。
ハマちゃんのツッコミが昔から、「そのくだりがそこで終わってしまう台詞が中心」であるのならば、そもそも、なんでダウンタウンはこんなに売れたのか?
なんで、「松本人志は天才だ。」っていう揺るがぬ評価を得たのか。
私は松本人志の映画を全く評価していませんが、あれはね、「浜ちゃんがいないから」っていう理由があると思っているんですね。
松ちゃんは「笑いのレベルが高い人ならばツッコミがいなくても笑える」ってことをどこかで言っていましたが、残念ながら、笑いのレベルが高い人はそう多くないわけです。もちろん、私も含めて。
松本人志という飛んでいる人のボケは現実の「いまここ」に引き戻して、「非常識だろ。おかしいだろ。」って言ってくれるからこそ、緊張が緩和するわけです。
松ちゃんのボケだけだと、一般人の感覚からは飛びすぎていて、ボケなんだかなんだかわからないところがある。ハマちゃんはそこに首輪をつけて「ハウス!!」って言ってくれる。
でね、「松本の次のボケにつながるようなフリも含んだツッコミ」があると良い、って言ってますが、100歩譲ってそうだとしても、その必要がないからフリを入れていないわけですよ。
浜田「きみ何歳や?」
松本「10歳」
浜田「もっといってるやろ」
松本「92歳」
って、面白く無いじゃん。面白くない上に、天才松本のボケの範囲を限定してしまうことにも繋がる。大体、「なんでやねん。」で終わったって、松ちゃんはさらにボケますよ。
そんなんで、笑いの可能性をさらわれるような人でないからこそ、今日があるわけで。
ダチョウ倶楽部の「押すなよ、押すなよ。」っていうフリや、若手の芸人に対するフリや、天才松本に対するフリというのは、全部、性質が違っていて、「松ちゃんのボケの世界を狭くするようなフリを求めている」ってところが、何より、このコラムに対しての違和感に繋がりました。
松本人志に自由を与えて、見えない鎖で引き戻す力があることこそ、ハマちゃんの偉大さであると思うんですけどね。
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