語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】塩野七生、最後の歴史大長編 ~『ギリシア人の物語3』~

2018年02月19日 | 批評・思想
★塩野七生『ギリシア人の物語3 新しき力』(新潮社 3,200円)

 (1)今、塩野七生氏と小泉進次郎衆議院議員の対談(「月刊文藝春秋2月号」に掲載)が評判になっている。
 塩野氏/「長編歴史エッセイはこの本が最後」
 小泉氏/「年末年始はこの本にどっぷり浸かりました」

 (2)本書で描かれるのは、アレクサンドロス大王(紀元前356~同323年)だ。20歳でマケドニアの王となり、東方に遠征してペルシャ帝国を打ち破った。エジプトからインダス川までの巨大版図を打ち立てたが、33歳を目前にして病に倒れた。死後に分解した王国では、ギリシャとオリエントが融合したヘレニズム文化の花が咲いた。
 幾多の逸話の中でも、「ゴルディオンの結び目」は、その真骨頂だ。ペルシャの街、ゴルディオンには、「この結び目をほどいた者はアジアの王になる」と伝えられるぐるぐる巻きのひもがあった。アレクサンドロスは、長剣を抜き、結び目を一刀両断。
 ここから「複雑な問題の解決には、断固とした意志と果断な対処が必要」という教訓を導き出すのが塩野七生流だ。そんな資質を持つリーダーは、めったに居ない。ただし、現世で見当たらなくとも、歴史を繙けば
事例が豊富だ。

 (3)塩野作品は、歴史書ではない。脚注はなく、著者の独断も目立つ。「民衆が描かれていない」という批判もある。学者が見たら、あらが目立つだろう。塩野氏は、まるで惚れた男ののろけ話のようにカエサルやアレクサンドロスの生涯を語る。長年の読者には、それが魅力だ。
 かつて、司馬遼太郎が戦国時代や幕末を身近なものにしてくれたように、塩野作品は地中海世界の魅力的な男たちを紹介してくれた。アレクサンドロス大王の短い生涯も、本書によって多くの日本人が知るところとなるだろう。

 (4)ところで、冒頭で紹介した「塩野・小泉対談」は、年長者が見どころのある若者に助言し、若き政治家はそれを拝聴するという今どき稀有な対話となっている。
 歴史とは、ただ史実を正確に知ればいいというものではない。誰かと共に語り合うことで、歴史はその価値を増す。世代を超えた歴史談議や人物月旦(げったん)は、人生を豊かなものにしてくれる。塩野作品は、その格好の入り口となるはずだ。

□吉崎達彦(双日総合研究所チーフエコノミスト)「充電後の執筆再開を熱望する/塩野七生、最後の歴史大長編  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2018年2月24日号)
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 【参考】
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【本】最悪の選択は現状維持と分析 ~黒田日銀の5年間を問う好著~
【本】麻薬撲滅のための経済学思考 ~アピールと説得の理論と方法~
【本】モンゴルのユーラシア制覇 ~『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』~
【本】歴史はどう繰り返すのか ~『歴史からの発想』~
【本】社会変革のヒントを得る ~『フィンランド 豊かさのメソッド』~
【本】時流に流されないために ~『誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答』~
【本】戦争の矛盾がよく理解できる/存在自体が珍しい軍事技術書 ~『兵士を救え! (珍)軍事研究』~
【本】北朝鮮核危機を描く労作 ~『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』~
【本】スウェーデンの高福祉で高競争力、両立の秘密 ~『政治経済の生態学』~
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【本】私たちの食卓はどうなるのか ~工業化された食糧生産の脆さ~
【本】歪み増殖していく物語に迷う ~『森へ行きましょう』~
【本】加工食品はどこから来たのか ~軍隊と科学の密な関係~
【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~
【本】万華鏡のように迫る名著 ~『新装版 資本主義・社会主義・民主主義』~
『【本】『世界をまどわせた地図』
【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~
【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~
【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~
【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~
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