語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~

2015年01月27日 | ●佐藤優
 (12)スンニー派の大国、サウジアラビアを理解するためにも、スンニー派のことを知っておかねばならない。
 スンニー派は、シャリーア(イスラム法)の解釈によって4つの法学派に分かれる【注】。
  ①ハナフィー派・・・・トルコに多い。
  ②マーリキー派・・・・エジプト、チェニジア、リビアにかけての地域にいる。
  ③シャーフィイー派・・・・インドネシアとロシアの北コーカサスにいる。
  ④ハンバリー法学派
 これらのうち、①~③は忘れてもいい。各社会の慣習と祖先崇拝と適宜折り合いをつけているからだ。
 過激な運動が出てくるのは④だ。これは原理主義そのもの。クルアーン(コーラン)とハディース(ムハンマド伝承集)しか法源として認めない。だから、墓に一切価値を置かないし、聖人を認めない。
 ④の中のかなり急進的グループがワッハーブ派だ。ただし、これは他称で、自分たちをワッハーブ派とは呼んでない。サウド家のサウジアラビアの国教がこれだ。
 ごくおおざっぱに言って、ワッハーブ派のうち最大の過激派で、かつ、武装集団であるのがアルカイダや「イスラム国」だ。
 その考え方は、アラーは御一人であり、それに対応して天上の法律も一つ、地上の法律も一つ。したがって、一つの法律を一つの国家、カリフ国家が体現し、それを支配するのがカリフ皇帝である、という独裁制を狙っている。サウジアラビアも建て前はそうだ。
 ところが、「今のサウジアラビアは、酒を飲んだりしてけしからん」とオサマ・ビン・ラディンたちは非難した。それに対しては、「コーランでは葡萄でつくった酒を飲んではいけない、としているだけだ。ウィスキーは飲んだって構わない」と言い訳している。
 問題なのは、今、世界的に④が増える傾向にあることだ。
 キリスト教だと、各派の交流はあまりない。
 それに対し、イスラムのモスクには神学校が付属していて、そこでは4学派を全部教えている。だから、④に関する知識もみんな持っている。イスラム世界が動揺すると、本来①、③で④が強くなかったところでも、急激に原理主義的な④の影響が強まる傾向がある。
 普段は、法学派間の対立などない。法学派の間で喧嘩することもない。スンニー派とシーア派も一緒にやっている。対ユダヤ教徒や対キリスト教徒だったら、自分たちはムスリムということで一致できる。だから、ムスリム同士の喧嘩はない。彼らは複合アイデンティティを持っていて、どのアイデンティティがどの位相で出るかが、短期で変わるのだ。

 (13)こうした事情をイギリス人は分かっていたから、植民地支配において近代的な裁判所や行政機構を作らなかった。部族どうしが殺し合っても、イギリスの警察署に事前に計画を提出させ、殺してきた後は、どれだけ戦果があったかを報告させ、それだけやっていれば、ほかは構わなかった。
 西側基準の文明的な統治をする考えは一切なかったのだ。自分たちの統治に服していれば、あとは適宜やらせておいて構わない。これがイギリス流だ。
 結果的に多文化主義になるというか、非常にシニカルなのだ。
 それに、イギリスは植民地担当官を50代くらいでみんな本国に帰してしまう。だから、現地の人間は、年取った白人を知らない。年寄りがいないから、白人は年を取らない、みんな若くて強いと思っている。
 しかも、イギリスは、ハッキリ意図してというよりは、慣習的に何となくそうしていた。そこがまた成熟国家イギリスらしい。

 (14)スンニー派で過激なのはハンバリー法学派だが、シーア派はとりあえず12イマーム派を押さえておけばいい。
 シーア派の中にはいろいろあるが、一番過激なのがアフマディネジャド・前大統領が属しているグループだ。彼らはハルマゲドン(世界最終戦争)を信じている。神による最後の審判が降る、という思想だ。ハルマゲドンのとき、お隠れイマームが出て来てエルサレムのイスラム教徒だけを助ける、と確信している。
 そういう確信を外から止めることはできない。ハメネイ・イラン最高指導者は合理的に行動しているから心配ない。しかし、アフマディネジャドだとエルサレムに核ミサイルを撃ちかねない、と非常にイスラエルや米国は心配していた。
 最後の審判に再臨するというと、お隠れイマームがだんだんキリストのイメージに近くなってくる。だから、シーア派は、その意味でキリスト教と親和性が高いとも言える。
 偽のイマーム騒動は、しょっちゅう起きている。これはユダヤ教とも似て、やはりメシア信仰が強く出ている。
 もう一つ、シーア派の特徴として、「嘘をついてもいい」ということがある。シーア派はイスラムの中で非主流派だ。主流派のスンニー派はインチキなのだ。だから、インチキに対しては、嘘をついてもいい。とかくこの世は暗黒なのだから、自分の身を守りイスラムを守るためなら嘘をついてもいい。
 約束したら守る、「合意は拘束する」のがローマ法だ。しかるに、シーア派は「約束したが、約束を守るとは約束していない」と言う。メタ理論が入ってきて、ものすごく複雑系になる。だから、シーア派と付き合うのは大変だ。

 【注】例えば「【佐藤優】世界イスラム帝国へ、ネット時代の世界革命 ~イスラム国の行方~」。

□池上彰・佐藤優『新・戦争論』(文春新書、2014年11月20日)の「第4章 「イスラム国」で中東大混乱」
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 【参考】
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
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「森訪露」で浮かび上がった路線対立
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【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 

   


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Unknown (Unknown)
2015-01-27 08:23:37
★人質1~2名どころか日本国民100万人単位で見殺しにしている自民

【英文記事】福島県で肥満が激増している理由は「被曝による中枢神経系の損傷」(2015年1月26日月曜日)
http://alcyone-sapporo.blogspot.jp/2015/01/blog-post_708.html

(御意見)投稿日:2015/01/26(月)
福島県で肥満が激増していて、日本では「引きこもりで運動不足のせい」と宣伝されているが、国際的には被曝による中枢神経系の損傷によるものだとすでに判明している。

Study: Fukushima the most serious man made disaster in human history — Obesity rates now nearly double Japan average — Excessive weight gain after nuclear crisis “a marker of radiation brain damage”

★日本の人口は原発事故から急減しだし4年連続で歯止めがかからない!チェルノブイリ周辺諸国と全く同じことが始まっている。なんと100万人減少!!
《1》2010年までは【増減2万人程度の静止人口】
《2》2011年から【毎年30万~20万人もの急減がつづき】4年で100万人も減っている!
http://blog-imgs-51.fc2.com/j/y/o/jyouhouwosagasu/soumusyoujinnkoutoukei120901010.jpg

★日本の10月1日現在総人口統計(単位:万人、出典:総務省統計局)
◇2000(平成12)年 1億2693万人(前年から25万人増)
◇2001(平成13)年 1億2732万人(前年から39万人増)
◇2002(平成14)年 1億2749万人(前年から17万人増)
◇2003(平成15)年 1億2769万人(前年から◇20万人増)
◇2004(平成16)年 1億2779万人(前年から10万人増)
◇2005(平成17)年 1億2777万人(▼前年から2万人減)
◇2006(平成18)年 1億2790万人(前年から13万人増)
◇2007(平成19)年 1億2803万人(前年から13万人増)
◇2008(平成20)年 1億2808万人(前年から5万人増)
◇2009(平成21)年 1億2803万人(▼前年から5万人減)
◇2010(平成22)年 1億2806万人(前年から3万人増)
・・・・ここで、福島原発事故が起こる・・・・
◇2011(平成23)年 1億2780万人(▼前年から26万人減)

◇2012(平成24)年 1億2752万人(▼前年から28万人減)

◇2013(平成25)年 1億2730万人(▼前年から22万人減)

◇2014(平成26)年 1億2709万人(▼前年から21万人減)

(常識1)原発事故ではほとんどの人は、癌+奇形でなく【普通の症状(心不全、神経障害、感染症、成人病)】の急激な増大要因で死んだ。
(常識2)東北大学大学院医学系研究科循環器内科学教授の下川宏明氏は、「福島原発事故は、その後は、心不全、ACS、脳卒中が有意に増加する非常に特殊な災害!」と発表!!心不全パンデミックと命名!
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/jcs2012/201203/524102.html
(常識3)「福島県下の高汚染地域と完全に一致する急性心筋梗塞」(宝島8月26日)
http://www.asyura2.com/14/genpatu39/msg/898.html

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