語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】私たちの食卓はどうなるのか ~工業化された食糧生産の脆さ~

2017年11月29日 | 批評・思想
★ロブ・ダン(高橋洋・訳)『世界からバナナがなくなるまえに: 食糧危機に立ち向かう科学者たち』(青土社 2,800円)

 (1)19世紀中盤のアイルランドでは、ジャガイモの作付けが壊滅したことで大飢饉が発生し、百万人単位の人が餓死したといわれる。なぜ、このような事態が発生したのだろうか。

 (2)ジャガイモは、16世紀にスペイン人の征服者により、南米のアンデスから欧州大陸に持ち帰られた。長時間の船旅に耐え、欧州の気候と農法に適合した1種類(ランパー種)のみが作付けされることになった。当時の欧州には、ジャガイモの天敵となる南米由来の有害菌が存在しなかったため、欧州における成長は速かった。
 この新しい作物は栄養価が高く、荒れ地でも育つことから、食糧難に苦しむ貧しい人々を中心にジャガイモへの依存が増していった。
 一方で、アンデスの農民はもともとその地の生態系から長い時間をかけて学んだ“種の多様性”を維持するために、注意深い農法を実施していた。
 だが、スペイン人によって、ジャガイモだけが文脈(気候、関連する他の生物、農法)を離れて持ち帰られた上に、欧州全域で単一種のみが広まったことから、ランパー種を攻撃する有害菌が欧州にやって来たときには、欧州のジャガイモは疫病の猛威に対して一溜まりもなく、アイルランドでは大飢饉が起こった。

 (3)害虫や有害菌は常に薬品などに対する耐性を獲得していくため、植物の品種改良や農薬の開発と害虫・有害菌の進化は終わりのない競争をしているようなものだ。
 したがって、種の多様性を確保しておかないと、害虫や有害菌に追い付かれた際に、新しい種を作れなくなる。伝統的な農法では交配などを通じて一つの畑の中に多様性を維持するが、工業化された農法では生産性の高い単一種を広範囲に作付けする。いったん、害虫や有害菌の攻撃に負けると、大規模な被害が発生する--。

 (4)本書は、バナナ、キャッサバ、カカオ、小麦、ゴムなどの農作物の大規模被害や全滅の可能性が高まっていることを、事実を積み重ねて解説する。背景にあるのは、工業化と多様性の喪失だ。
 農作物は、天敵、天敵の天敵、さらにその天敵などを含む巨大な動的生態系の中にある。常に多様性を維持しながら、天敵から逃げ続けることで進化してきた。
 著者によれば、遺伝子組み換え作物の危険性は、健康や環境に対してよりも種の多様性の減少に対してあるという。食糧危機とは、人口の増加に食糧生産が追い付かないということよりも、現在の工業的な食糧生産の仕組みが崩壊する危機のことなのである。本書の後段には、私たち一人ひとりができることについての助言もある。

□平野雅章(早稲田大学ビジネススクール教授)「私たちの食卓はどうなるのか/工業化された食糧生産の脆さ  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年11月18日号)
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『【本】『世界をまどわせた地図』
【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~
【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~
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