語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】最悪の選択は現状維持と分析 ~黒田日銀の5年間を問う好著~

2018年02月13日 | 批評・思想
★高田創・編著『シナリオ分析--異次元緩和脱出 出口戦略のシミュレーション』(日本経済新聞出版社 2,000円)

 (1)今春の3~4月にかけて、日本銀行の現執行部が任期を迎える。アベノミクスの第一の矢として大きな成果を挙げてきた「大胆な金融緩和政策」は、まだ2%のインフレ目標を達成せず不十分だとする向きがある一方で、将来の出口戦略がどうなるかを注視する向きもある。
 こうした中で、本書は、日銀には出口を困難にする“三つの不都合な真実”があるとし、永遠の超金融緩和を余儀なくされることをリスクとする。金融緩和を長期化すれば、出口における日銀の追加的なコスト負担も避けられない、ということを詳しく解説している。

 (2)三つの不都合な真実とは、以下の通り。
  (a)日銀の出口は米国が金融緩和に転じるまでの限られた猶予期間しかないとする。
  (b)日銀は金利ターゲットに転換したことで日銀自身による追加緩和は困難であり、緩和の効果は米国経済次第であるとする。
  (c)マイナス金利とイールドカーブコントロール(長短金利操作)が市場との対話を困難にしており、金融システムに対して副作用が大きいとしている。

 (3)長く債券市場に携わってきた編著者は、日銀を中心にしつつも政府と金融機関も含めた三位一体の構造の視点から出口戦略を展望する。日銀のバランスシートの毀損や民間金融機関への影響などの分析を通じて、出口戦略に関するさまざまな体系や枠組みを提示する。
 また、1990年のバブル崩壊から四半世紀以上もデフレ経済が長期化したことで、日本人の行動様式に適合的期待形成が定着してしまったという。それまでの通常の経済では当たり前だった積極的な「肉食系の行動原理」から、慎重な「草食系の行動原理」に陥ってしまったとする。

 (4)アベノミクスによって極端な円高と資産デフレは是正されたが、5年程度で長年蓄積されたデフレ均衡を払拭することは困難だ・・・・と編著は認識する。おそらく、この点は、共感する有識者も多いであろう。
 しかし、本書のように意見が分かれるかもしれない。
  ①政府と日銀と金融機関が一体となって出口に向かうべきと考えるか。
  ②むしろ政府と日銀が一体となって金融緩和を強化すべきと考えるか。
  ③現状維持を続けるべきか。

 (5)一方で本書は、日銀の黒田東彦総裁の任期はこの4月8日までとする。現状では、黒田総裁続投の観測あるいは期待が高まっているが、新総裁は出口戦略を含む総括的検証を再び行う必要があると提言する。個人的には、実施するのなら、出口観測の高まりによる円高で金融緩和効果を削がないように慎重に行ってほしいと考える。

□永濱利廣(第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)「最悪の選択は現状維持と分析/黒田日銀の5年間を問う好著  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年2月3日号)
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