語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐々木実】のれんに押しつぶされた東芝 ~企業買収で紡ぐ「成長物語」の陥穽~

2017年06月09日 | 批評・思想
 (1)日本郵政が初めて赤字に転落した。2017年3月期連結決算の純損失は289億円。2015年5月に買収した豪州の物流会社トール・ホールディングスの業績不振に伴い、4,003億円もの特別損失を計上したことが原因だ。

 (2)買収に失敗すると、なぜ損失が発生するのか。「のれん」という名の資産を減損処理しなければならないからだ。
  ①買収する企業
  ②買収される企業
とすると、通常、企業を買収する際、買収額は②の純資産より大きい。①は、この差額を「のれん代」としてバランスシート(貸借対照表)の資産の部に計上する。買収の失敗が明らかになると、「のれん代」を減額しなければならず、損失が発生するわけだ。
 「のれん」は「ブランド力」とか「超過収益力」などと説明されることも多いが、買収の失敗は「のれん」の過大評価から生じる。

 (3)日本郵政は、トールを約6,200億円で買収したが、あとで巨額損失を被ったのは「のれん代」が巨額だったからにほかならない。
 長門正貢・日本郵政社長は、4月下旬の会見で、巨額買収劇の背景について、「株式上場前に成長ストーリーを示したいという意図もあったのでは、と思う」と語った。買収当時、日本郵政は株式上場を控えていた。トールの買収は、弱点と見られていた郵便事業で「海外展開で成長」の「成長」を投資家にアピールするねらいがあった。法外な「のれん代」には、バラ色の成功物語の値段が上乗せされていたわけだ。

 (4)「シッポが犬を振り回す」というが、「のれん」はときに企業を振り回す。最悪の例が東芝だ。
 東芝は、2006年に米国の原子力会社ウェスティングハウス・エレクトリック(WH)を約6,400億円で買収した。WHの純資産は約2,400億円で、およそ約4,000億円を「のれん」に相当する無形資産として計上することになった(「のれん代」3,507億円とは別に「ブランド代(非償却無形資産)」として502億円を計上)。
 現在、東芝は上場廃止さえ懸念されているが、迷走の原点はWHの買収だ。福島原発の事故後、巨額にのぼるのれん代の減損処理が必至だったにもかかわらず、東芝は「のれん代の償却は必要ない」と強弁し続けた。のちの不正な会計や、不自然な企業買収を誘発する土壌をつくってしまった。
 「原子力ビジネスで成長」の夢から醒めたとたん、「のれん」に押しつぶされたのだ。

 (5)「のれん」は不思議だ。企業の将来にわたる総合的な評価を、現時点で現金に換算するのだから、必ず不確実性が伴う。未来を正確に予測できないように、「のれん」を正確に算定することなどできない。
 しかし、一方で、「のれん」は企業を膨張させる。ソフトバンクは2016年に英国のアーム・ホールディングスを約3兆3,000億円で買収した際、約3兆500億円もの「のれん」という見えない資産を手に入れた。まるで魔法の杖だ。
 結果的に買収が成功するか失敗するかにかかわらず、「のれん」には「物語」が潜む。資本主義の主役たる「企業」が商品として売り買いされるとき、資本主義に内在する幻想性が「のれん」となって姿を現す。
 そう解釈することもできるのではあるまいか。

□佐々木実「のれんに押しつぶされた東芝/企業買収で紡ぐ「成長物語」の陥穽」(「週刊金曜日」2017年5月26日号)
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 【参考】
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【佐々木実】100年目に問う「絶版」の意味 ~河上肇『貧乏物語』~
【米国】大統領選の主役は「アウトサイダー」 ~トランプ=サンダース現象が生んだ亀裂~
【政治】新自由主義に鼓舞される復古主義 ~自民党改憲案の「第22条問題」~
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