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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】生きた経済の教科書、バチカンというインテリジェンス機関、正しかった「型」の教育

2017年04月25日 | ●佐藤優
 ① ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルス『クルーグマン ミクロ経済学』(東洋経済新報社 4,800円)
 ②徳安茂『なぜローマ法王は世界を動かせるのか インテリジェンス大国バチカンの政治力』(PHP新書 880円)
 ③斎藤孝『新しい学力』(岩波新書 820円)

 (1)①は、大学生だけでなく実務家にとっても役立つ生きた経済の教科書だ。
 <市場には、分散可能なリスクや不確実性にともなうリスクを、うまく処理する機能がある。何が起こるのか、誰の家が洪水にあうのか、また誰が病気になるのか。このような誰にも予測できない状況に、市場はうまく対処することができる。だが、他の人たちが知らないことをある人たちだけが知っているとき、すなわち私的情報がある状況では、市場がうまく対処できない問題が生じる。私的情報があるために経済的な意思決定が歪められ、時には相互に利益をもたらす取引さえ阻害されてしまう場合がある(経済学者は私的情報ではなく、情報の非対称性という呼び方をする場合もあるが、どちらも同じことを指している>
 資本主義は私有財産の不可侵を原則とするが、情報という財の私的所有が市場を歪めている。

 (2)②の著者は、在バチカン市国日本大使館の公使を務めた。②はカトリック教会が行っている政治について考察したユニークな作品だ。
 <バチカンのインテリジェンス能力は、キリスト教徒の擁護という国益を確保するための武器だ。シリア空爆をめぐるフランシスコ法王の対応は、その証左ともいえる。類い稀なる情報収集能力は、ローマ法王のメッセージやバチカンの外交政策を練り上げるうえで重要な判断材料となる>
 バチカンは宗教の衣を被ったインテリジェンス機関でもある。

 (3)③は、日本の教育が抱える問題に正面から取り組んだ好著だ。
 <暗黙知や身体知を共有し、それを明確な形式知にしていくプロセスは、まさに新しい学力が求める実践的な知の在り方である。才能のある人間が直感的にとらえている知を明確に言語化することによって、多くの人が共有できるようにする。あるいは相撲の本質を理解し実践できる横綱の暗黙知を、「型」として共有できるようにすることも、暗黙知を形式知化するプロセスの一種である。(中略)
 型を通じて熟練者の暗黙知・身体知が初心者や子どもにも身につけやすくなる。日本のかつての教育の柱であった「型」の教育は、暗黙知や身体知を人から人へと移動させていく効果的な学習プロセスであったといえる。特別な才能を持たない人でも、才能とセンスのある人間が獲得した暗黙知に近づくことができる、これが上手に設定された型のよさである>
 「型破り」な人材を育成するには、「型」を覚えさせるという逆説が重要だ。

□佐藤優「正しかった「型」の教育 ~知を磨く読書 第196回~」(「週刊ダイヤモンド」2017年4月29日・5月6日号)
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