語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【新聞】再生の出発点は現場 ~経営判断を誤ったジャーナリズム~

2014年10月17日 | 批評・思想
 朝日新聞は謝罪した。福島第一原発事故の混乱を物語る「吉田調書」をスクープした5月20日の記事まで、誤報とし、取り消した。
 この記事は、取り消すほどの誤報なのか。

 2011年3月15日は、損傷した原発が最悪の事態を招きかねない時だった。
 「第一原発付近の線量の低いところに待避せよ」
と吉田所長はテレビ会議で指示した。
 ところが、所員の9割が指示に反した。福島第二原発に退避し、戻ってくる間に大量の放射性物質が漏れた。
 ・・・・現場の混乱ぶり、指揮系統の乱れを強調した記事だ。
 記事の根拠は、
 「本当は私、2Fに行けと言ってないんですよ」
という吉田調書にある言葉だった。原発がきわめて危険だった状況下で、所長の指示に反した行動が一斉に起きてしまった。そのことを問題にした。

 「命令違反で撤退」の見出しが、「所長の命令に逆らって逃げた」という印象を与えかねないが、記事には「逃げた」とか「命令に逆らって」といった所員を「貶め」る表現はない。
 「命令違反という表現は、命令を受けていたにも関わらず、従わなかったことを指す。所長の指示が現場に伝わっていなかったことは取材できていなかった」ので誤報、と朝日は判断。現場で奮闘する東京電力の社員の名誉を傷つけた、と謝罪した。
 「命令違反」か、「結果的に命令に反した」のか。そのあたりは微妙だが、記事のどこかに明確な誤りがある、というのではなくて、「記事全体が誤った印象を与える」と言っているのだ。この記事が誤報なら、鬼の首を取ったように「スクープ」を書きまくる週刊誌の記事の多くが誤報の烙印を押される。

 電力会社や政府機関は、都合のいい記事を書いてくれる記者には協力を惜しまない。半面、批判的な取材にはガードが固い。
 原発取材班は、取材拒否や情報隠しなどの障害をかき分け、事実を拾い集める。メディアを使った攻撃や訴訟のリスクもある。誤報や不手際はあってはならない。
 それは、取材記者なら十分承知している。それでも、今回のようなことは起きる。朝日の記者は比較的真面目に仕事をしていると言われるが、大組織の風通しの悪さやセクショナリズムは、かねてから問題視されていた。

 会見場では、次のような質問も出た。
 「誤報」がなぜ生じたのかを、組織のガヴァナンスの問題にすり替えたり、検証を丸投げしたりしないで、現場の記者たちの内発的な議論に俟つべきではないか・・・・。
 紙面では「きれいごと」を並べる朝日も、社内は「きれいごと」では済まない。それは、他の会社と同じだ。
 木村社長は有識者による第三者委員会を設けて誤報の経緯を検証する、というが、上からの視線で現場を眺めている。そうした姿勢でよいのか。

 朝日の問題は、現場にはなく、経営者にある。その象徴が池上問題だ。
 現場は「掲載妥当」と判断したが、トップが没にした。ごうごうたる非難が社内から湧き起こり、慌てて掲載する醜態を演じたのは経営陣だ。
 感覚がズレているのは経営者だ。「強い現場と弱い経営」は、朝日とて例外ではない。

 明るい兆しもある。
 大勢の記者が毅然と経営者を批判した。社内ツイッターを通して、名前と顔写真付きで、経営判断に誤りがある、と主張したのだ。並行して記者会見で説明責任を果たせ、と経営者に迫る署名集めが開始していた。社内世論が経営者の背を押した。
 読売や産経でも、社員が公然と経営批判の声をあげることができるか。

 朝日新聞は窮地に立っている。経営者に任せておくと、吉田調書の幕引きのように、「危機管理と保身」に目配りした幕引きになりかねない。
 慰安婦報道の誤り。
 池上問題での不適切対応。
 それぞれ性格が違う問題だが、それらが混然一体となって、経営責任が問われた。販売店への嫌がらせ、購読離れ、広告の落ち込みなど逆風が強まっていた。ここは平謝りでかい潜る選択をしたのだろう。記者会見の口実を吉田調書問題になすりつけ、現場の記者を裏切る結末をもたらした。
 平身低頭の謝罪は、朝日を狙い撃ちにする勢力を元気づけた。そして、リベラル陣営を失望させた。

 ジャーナリズムの再生は、現場のイニシアティブで果たすしかない。
 取締役や第三者委員会に「ご指摘いただく」のではなく、一線の記者が自発的に組織の病理を点検し、時代にふさわしい改革に道筋をつけるしかない。
 中間管理職の決起なくして、朝日は変わるまい。

□神保太郎「メディア批評第83回」(「世界」2014年11月号)の「(1)「叩く」ほど、信頼失う活字メディア」
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 【参考】
【新聞】記者の質問能力の低下 ~朝日新聞社長の記者会見~

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