語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】人の判断はなぜ歪むのか/2人の研究者の友情物語 ~『かくて行動経済学は生まれり』~

2017年12月13日 | 批評・思想
★マイケル・ルイス(渡会圭子・訳)『かくて行動経済学は生まれり』(文藝春秋 1,800円)

 (1)今年のノーベル経済学賞は、米シカゴ大学で行動経済学を教えるリチャード・セイラー教授が受賞した。
 現実の人間は、感情に支配され、間違いを犯すこともあり、限定的な合理性しか持たないのであって、それを考慮して経済学を作り直すというのが行動経済学である。
 本書は、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーという2人の天才心理学者が行動経済学の基礎を生み出すまでのドラマを描いたものだ。著者は、かつてブラッド・ピット主演で大ヒットした米映画「マネー・ボール」の原作者のマイケル・ルイスだ。
 米メジャーリーグの貧乏球団がデータ分析を駆使し、優良選手を低予算で集めて大躍進した実話を描いた。専門家の判断も大きく歪むことがあり、多くの業界でもデータ分析によって、業績が著しく改善するとして注目された。

 (2)新作は、執筆の経緯がまた面白い。著者は、セイラー教授による『マネー・ボール』の書評で、「この著者は人の判断がなぜ歪むのかというカーネマンとトヴェルスキーの研究を知らないのか」と指摘された。それを読んだルイスは、この2人の研究に着目する。過去に、人の欲望に焦点を当てて金融界にさまざまな角度から切り込む著作を発表してきたルイスが、人の心を研究する行動経済学に興味を持つのは時間の問題だった。
 経験則に左右されて人の行動が系統的に歪むことや、効用を最大化するのではなく、後悔を最小化しようと行動するという行動経済学の考え方が学べる。医療過誤や経営判断の誤りの回避など、2人の研究がさまざまな分野で役立っていることも分かる。

 (3)ただし、本書は、行動経済学の入門書ではない。同じ大学に勤めながらも互いを避けていた2人が、意気投合して新しい心理学の構築に熱中する。そして、頭脳を共有するほど濃密な共同研究を続けるという友情物語である。
 もっとも、世の称賛は天才肌のトヴェルスキーに集中し、2人は決別する。その3日後、カーネマンにトヴェルスキーから余命6カ月の宣告を受けたとの電話があり、2人の友情は永遠のものに変わる。5年後、存命中のカーネマンだけがノーベル経済学賞を受賞した。

 (4)人はランダムなデータを見ても、パターンを勝手に読み取るのが得意である。一度、仮説や解釈を受け入れると、過剰に信じて見方を変えられない。歴史的事実を全て観測しているのではないのに、歴史家も断片的な事実を組み合わせ、後知恵で物語を作る。世界を認識する際、物語にするのは人の本性なのか。それが判断を誤らせる。

□河野龍太郎(BNPパリバ証券経済調査本部長)「人の判断はなぜ歪むのか/2人の研究者の友情物語  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月16日号)
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