捨てたこころ、とか。 | ばいばい

ばいばい

遥か望む彼方の光
君を照らし出さなくていい
狂おしい花びらを舞い散らせて
堕ちる桜を抱いて 眠る

自分がどうなっているのかわからない。

酷く疲れて、
インフルエンザやらで倒れて、
どうにか生きている。

記憶があやふやで何がなんやら…。

私の、
誰かが死のうとすると先に死ぬために動く、
という反応は、
母親だけに起こるものではなかったらしく
気管支拡張薬を多量に飲んで、
自分が限界だったと気づいた。

私は誰かを支えて
頼られて
立っていられる人間じゃなかったのか。

そもそも、
誰かに甘えたことがなかったのに
真似事で甘やかしても無理があったのか。

共依存。
母親とも、
私をレイプした男とも、
恋人ともそうなってしまった。

多分、
私が負担だと思う内容は相手の方が知っていた。
でも、
付き合うために私が解離していたことまでは
分かっていなかったと思う。

ひとりでいれば
離人感程度で済むなんて、
自分でも気づいていなかった。

すっかり引きこもりで精神科にも行っていない。
どうにか食事をしているレベル。
喘息のせいか咳が出て苦しいけど
病院に行くほど活動は出来ない。

抗精神病薬が抜けて、
一時期、聴覚が過敏になっていたけど、
今は特に問題はない。

まあ、
解離性障害はそれなりで記憶の想起は難しい。
感情は蓋をされたのか特に働かない。

緊急地震速報と揺れには驚いたけど
それでも嫌に冷静で
揺れる前に毛布を被って身を守っていた。

生き延びるためのサバイバル技術、とは、
よく言ったものだ。

今、思い当たったが、
私は恋人に危険を感じていたのか?

どうして
過量服薬をするのか、
死ななければならないのか分からなかったが、
別れるために私は、
あんな事をしたのか?

その「私」を自分と思うべきか、
他の誰かと思うべきかも分からないが、
いつの間にか
自分自身がずたずただったのは事実だ。

今はようやく血が止まったくらい?

他人に自らを晒したことがなかったから、
そのストレスもあっただろう。

自分を晒せることが心地良かった。

だから、
自分の傷を抉ってまで晒していた。
相手が見せた分の傷を
自分も見せなければと思っていた。

私には
確固たる自己がなかったのだろう。

自分と相手の境界が分からなかった。

きっと、
あの人も私の一方的な別れに砕けている。

託し過ぎた、
求め過ぎた。
自分が子供なんだと思い知った。

ひとりになって思ったことは、
死なないでいてくれればそれで良い、だった。

何故、
あの人が過量服薬を仄めかしたのか、
思い出せない。

きっちりと自己から切り離されてしまった。

結局、
私は
相手が死を仄めかせば自分が死ぬ、
自分といれば相手が死ぬと、
そう思うような関係しか築けなかった。

誰かと一緒にいれば
誰かと死に別れるからひとりでいたい。

そんなことを考えていたのは中学時代か。

あの頃も訳もなく涙が溢れたが、
今も似たようなものだ。

感情も動かないのに。

そろそろ、私の誕生日が近い。
小学校の頃、誕生日に泣き喚いたことがあった。
とても憂鬱だったから。

春は憂鬱だ。
居場所を失う季節だから。

それなりに、
新しい居場所も作れているけれど、
失ったものは大きく感じる。

空いた風穴の大きさだけ感じる。
何を失ったのかが分からないのに。

愛とか恋とか信頼とか。
言葉だけなら並べられるけれど。

それを切り離せば生き延びられるから、
だから、私は命を捨てようとしたの?

心ごと捨ててしまえば、
私が抱いた愛も恋も信頼も捨てられるもの。

明日は誕生日。
25歳になる。
気分は早くも三十路だけど、
まだ、二十代半ば。

死なないことに意味があるのよね。