油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や随筆をのせます。

我知らず。

2024-05-17 11:23:27 | 随筆
 なぜあのとき、あんなふうに言ったり振
るまったりしたのだろう。
 なんとも解せぬ。

 ブロ友の方々におかれては、そんな経験
がおありじゃないだろうか。

 わたしはしょちゅうである。

 まるできょうの朝早く吹いた突風のよう
で、びゅうっと吹いてはさっさといきすぎ
てしまう。
 あとはただしんと静まり返った風景だけ
が心の奥に残されている。

 じわじわと後悔の念がわいてくる。

 人間とは面白いものだとつくづく思うの
は、こんな時である。

 人の脳の不思議さに驚く。

 かえりみれば、自らが意識して、この生
命を与えられたわけじゃない。

 それは現在もそうで、各臓器やらが懸命
に、動物の一種としての人間の生をまっと
うさせようとがんばっている。

 まったく有難いことである。

 見えぬものと見えないもの。

 今や科学万能の世の中ではある。
 科学は見えるものだけを相手にし、その
因果を究明していく。

 見えないものは、それほどには考えられ
ない。
 ただ見えるものの働きの結果、そんな事
態が生じている。
 それくらいの理解だ。

 見えないもの。
 その存在に十二分に驚かねばならぬもの
こそ、小説家じゃなかろうかと思う。
 
 物語を描く場合、こんな脳の働きに翻弄
されるから始末がわるい。

 キャラクターが勝手気ままに動きまわる。
 ペンを持つ手が、登場人物に追い付いて
行かないうらみがある。

 元に戻って。
 わたしとて落ち着いて行動できるときは、
それほどの失敗はない。

 友人、知人の中には、若くして亡くなら
れた方がいる。
 わたしよりずっと聡明な人物が多い。
 惜しいというしかない。

 わたしごとき性急ものが、これほどの長
い人生を享受している。

 他人に起きることは、自分にも起きる。

 からだは人生を渡る舟。

 このことを念頭に、あとの人生、笑顔で
過ごしていきたいものだと思っている。

 「運命は性格で決まる」
 そうずばりとおっしゃったギリシャの哲
学者がおられたらしい。

 覚えておくべき箴言である。

 「感情でものを言ってはなりません」
 亡母に幾度こうたしなめられたことか。
 いい加減年老いた今になっても、それら
がチクチク胸を刺す。

 おかした交通違反すべて、一時停止違反。
 もう少し、踏みとどまり、左右を確認す
ればなんのことはなかったである。
 
 今までが運が良かったのだ。
 これからはうんと気をつけるように。
 長生きしたけりゃ、落ち着いて。

 自らに対する呼びかけである。
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フラジャイル。  (2)

2024-05-12 15:54:43 | 小説
 真弓がさばさばした表情で、ダイニングに再び現れたとき、
母の陽子はさっきまで真弓がすわっていたと同じ位置に、腰
を下ろしていた。

 昼食の用意は整えたらしい。
 浅めの白い皿が四枚、テーブルの上にのっている。牛肉コ
ロッケやミニトマト、もちろん、それらの下にしかれている
のは、刻みキャベツである。
 赤黒い漆器のおわんがよっつ、あったかいみそ汁が注がれ
るのを待っている。

 真弓のおなかがぐぐぐうっと鳴った。

 陽子はいくらか気分でもわるいのか、そのほっそりした左
手の甲を、自らのひたいにあて目を閉じている。

 「ねえねえ、お母さん、どうかしたの。わたし忙しいんだけ
ど、大丈夫かな」

 唐突に聞こえたのだろう。
 陽子はびっくりしたらしく、あっと言って目を開けた。

 「なあに、まゆみ……、あなた、からだは大丈夫だった?」
 「うん。いつもより早かったし、ちょっと驚いたけど、身に
付けているもの、汚さないで済んだ。セーフよ」

 真弓は、登校する準備を、二階の自屋で整えてきたらしい。
 黒っぽいリュックの肩掛けの片割れを、ジャージの上にひっ
かけている。

 「あのね、まゆみって、園芸に興味あるよね?」
 意味ありげに、陽子が自らの右手の人差し指を立てながら
言った。
 えっ、なにっ、と真弓はひと声あげてから、それまで暗かっ
た顔をかがやかせた。

 「お母さん、なんだか謎めいたことしてるけど、ひょっとし
て、そのことと野菜や花とかかわりがあるんでしょ?」
 「まあ、ね……。水やりが足りないのかと思っててね。用意
しておいた容器を、お勝手から持ち出したわ」

 「そんなに気を遣わないでもね。野菜って正直だし、すくす
く育つのよ」
 「そんなものなんだ。あなた、学校で、園芸部にも所属して
るから頼もうってね」
 「うん」

 「まゆみ、まだ時間があるようならわるいけど、ちょっと見
ていってくれたらありがたいわ。せっかく植えた苗、うまく
育ってくれなくちゃ困るし。あそこ、あんまり日当たり良く
ないし……」

 真弓はぺろっと舌をだし、
 「やれやれ、えらく心配して損した」
 と言った。

 肩にかけたリュックを、ソウファの隅に放り投げるなり、お
勝手のドアのところまで歩いた。

 上がりかまちの隅に、何やらうごめいているのを見つけ、真
弓はぎょっとした。
 それから思いきりよく背伸びをし、カウンターの上に自らの
顔をのぞかせ、
 「どうしたの、この子」
 声音を出さずに、口だけ動かした。

 陽子が右手を上げた。立ち上がるとすぐにスリッパの音をしの
ばせ、真弓のもとにかけつけてきた。

 大きめの段ボール箱の中。
 小さな深めの皿に盛ったコロッケの断片に、そのまだらの毛む
くじゃらの生き物が、小さな皿に盛ったコロッケの断片に必死で
食らいついている。

 気配に気づき、うううっと鳴いた。
 相手を威嚇しているらしい。
 「なあんだ。なすやきゅうりだと思ったわ。違うじゃないの。お
どかさないでよ」

 「びっくりでしょ?お母さんだって、そう。ゆうべ遅くドアをガ
リガリってやられたんだもの」

 真弓の家はアパートやマンションではない。
 だから、犬猫を飼うのは個人の自由だ。
 問題は、真弓の兄と父親。彼らがペットを飼うのをきらった。

 「どうする?」
 陽子が眼で問うと、
 真弓がこくりと首を振った。

 「作戦を立てなきゃね」
 「そうだ、そうだね。あれは?ナスやピーマン観るんでしょ」
 「それもね、おねがいします」
 合わせた両の手を、陽子は真弓に向けた。
 
 
 


 
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フラジャイル。  (1)

2024-05-07 21:24:28 | 小説
 ピーピー鳴っていた笛が突然やんだ。
 しかし、台所にいるはずの陽子から何の返
事もない。
 キャベツを切る音も、包丁をふるう音もし
なくなった。
 床を何かがはうような物音がする。
 何かを求めているのだろう。
 陽子が腰をかがめているらしく、カウンタ
ー越しに彼女の姿が認められない。
 それからバタンとお勝手のドアが閉まる音
がつづいた。 
 「もおう、どういうことよ。そこにいたん
なら何か言ってよ。外に出るんなら出るわよ
って、ひと言、声をかけてくれたっていいじゃ
ない」
 真弓が怒った調子で言った。
 「忙しいのよあたし。学校へ行くんだしね。
探し物もあったの。せっかくきこうと思った
のにきけないじゃないの」
 真弓は台所の方を向き、しばらく立ち尽く
していたが、あきらめたのか居間のソファに
腰を下ろした。
 左手に持っていた歯ブラシを、もう一度口
にくわえ、ふんふんと鼻歌をやりだした。
 首から下げていた、ひも付きの袋の中に入
れてあるスマホを取り出し、グーグルに何や
ら入力すると、小鳥や川のせせらぎの音が出
始めた。
 両目をつぶり、ふかぶかとすわりなおす。
 (今はいい時代ね。面白くない時はこれに
限るわ。すぐに別の世界に逃げられるし)
 あまりに気持ちが安らいだのか、真弓はそ
のままのかっこうで眠りこんでしまった。
 歯ブラシがソファの上に落ちてしまい、彼
女の口はあけっぱなしだ。
 泡だらけで、ふためと見られない顔になっ
てしまい、ついには、すうすう寝息を立てた。
 唐突に誰かに両の手首をつかまれ、真弓は
悲鳴をあげた。
 目の前に、見慣れた人の顔があった。
 笑っている。
 いつもの母に違いないが、どことなくもの
哀しそうなまなざし。
 真弓は目を覚ましたものの、なんと言って
いいかわからない。
 あわてた真弓は、ぐいっと、パジャマの右
手の袖で自分の口のまわりを拭いてから、き
つい目つきを陽子のほうに向けた。
 「やかんが音立ててるの、わたしがせっかく
教えてあげてるでしょ。だったらすぐに返事
してくれるものでしょ。そのうえ、黙って外
に行っちゃうし……」
 言ってる途中で、涙声になった。
 「あっ、ごめんごめん。そんなつもりはぜん
ぜんなくってよ。それにしてもまゆみの寝顔っ
て可愛いわ」
 「うそでしょ、もう……、ごまかしたってだ
めなの」
 「急に、洗濯物を思い出したの。ほら、忘れ
てたの。ゆうべ取り込むのをね。それにして
もよっぽど疲れてるのね。そんなふうに寝落
ちするなんてね。未来の旦那さんに見せられ
ない顔だわね」
 「ふうん、ああそうなんだ。自分がわるいか
らって。ずいぶんいろいろと勝手なことをおっ
しゃるお口ですこと、あっ……」
 真弓が突然声をあげた。
 そろそろと立ち上がると、左手で下腹をお
さえたまま、よろめく足取りで歩き出した。
 「それどころじゃなくなったわ」
 「どうしたの、急に」
 陽子の顔が青ざめる。
 「別にい、心配することってないぞ」
 真弓がわざとらしく、男っぽい声を出した。
 春らしい花柄模様のピンクのパジャマの背中
を陽子に向けたまま、暖簾をかきわけ、一階の
突き当りに消えた。
 
 
  
 
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フラジャイル。  プロローグ

2024-05-05 17:50:35 | 小説
 ある日曜の早朝。
 T川の河川敷に近い団地の一角に、中学二年
生になったばかりの真弓の家がある。
 どの家もまるで兄弟姉妹のよう、よく似てい
て見分けがつきにくい。
 土手の八重桜の花が散ってしまい、朝な夕な
に人々が散策する小道をおおっている。
 人影はまばら。
 見るからに年老いた茶色の犬に、年老いた男
の人がおぼつかない足取りで付き添っているの
が、ダイニングルームの窓から見える。
 台所と居間を仕切るのは、長さ数メートルの
カウンターだけである。
 時刻は、午前六時ちょっと前。
 母の陽子が食事のしたくに忙しい。
 いつもの休日らしくない。髪をきっちり整え
ている。
 広めのフライパンの中には、すでに焼かれた
卵が黄身を真ん中にして、白身が丸く広がって
いる。
 それぞれの白身が折り重なっていて、ちょっ
と窮屈そうだ。
 平たくて白い皿が四枚、すでにカウンターの
上にのせられている。
 オール電化にするには、予算が足りなかった
ようで熱源はガス。
 味噌汁用のなべと、湯を沸かすためのやかん
が、でんとガス台の上にのっていて、盛んに湯
気をあげている。
 ひまわり模様のエプロンをした陽子は、白い
上着の袖を、二重三重にまくりあげ、ほっそり
した左手を上手に使い、キャベツのみじん切り
に挑んでいる。
 近くのコンビニで買ってきたらしい牛肉コロッ
ケが四つ、それぞれに銀色の小さな袋に詰めら
れた中濃ソースをともない、ちんまり茶色の紙
に包まれ出番を待っている。 
 やかんがピイピイ音を立てだした。
 「お母さん、お母さんそこにいるのっ」
 トントンと軽やかに二階から降りてきたのは
娘の真弓。
 衣服は、上着もズボンもともに薄青色。
 ジャージ姿である。活発なお嬢さんらしくテ
ニス部に所属している。
 頭髪に寝ぐせがついた長い黒髪を、左手でか
きあげながら、母の陽子を目でさがした。
 
 
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天網恢恢、疎にして漏らさず。

2024-04-30 16:14:09 | 随筆
 ブロ友のみなさま。
 あしたから五月ですね。
 「新しい朝」
 そんなあしたがこの世にやってくる予感にかられ
ました。
 
 ようやく、といった感じです。
 しかし相変わらず、自死する方が非常に多い。

 新しい朝って?
 どこがどうして?
 タイトルとどんなかかわりがあるの。
 そう訊ねられそうです。

 ラジオ体操の歌の文句の中にありましたよね、こ
の言葉。

 テレビやラジオから流れてくるニュースを聞いてい
まして、今朝ほどふっとそんな想いがわいたのです。

 何をして、新しいと思うのか。
 それは、読者さまたちのお考えにおまかせしたいと
思いますが……。

 インターネットでつながっている。
 そんな中で、こうやって、ひと言述べるのはとても
気をつかいます。
 どなた様が読んでいらっしゃるかわからないから当
然ですよね。

 ところで、お釈迦さまが亡くなられてのちどれくら
いの歳月が過ぎ去ったのでしょう。

 もはや、釈迦の御威光が届かなくなってしまい、世
は乱れに乱れる。
 いわゆる末法思想が人の世に広まってから、どれく
らいの星霜を経たでしょう。

 科学技術の発達はめざましいものがあります。
 しかし、人間の精神面での進歩はいかがでしょう。

 紀元前のギリシャのアテナイの人とどれほどの違い
があるでしょうか。

 わが国内のみならず、外国でも容易にそんな事象を
かいまみることができます。

 弱肉強食。
 人間界が虫けらやけもの世界と同じでは何やら情け
ないですね。

 戦争は政治の延長とばかりに、力でもってごり押し
する。

 実は、人間の脳の中には、いまだに原始の脳が厳然
として存在している。
 いわば荒ぶる存在です。

 歴史の上で、大量虐殺に走ったリーダーの例をあげ
るのはたやすいことですね。
 問題は、それがただ単に、その人だけの所業ではな
かった。
 
 時の勢いが、期が熟したのでしょう。
 その人をして、指導者にかつぎあげたのです。

 しかしそうであるならば、なおさら、比較的新しい脳
である前頭葉を活き活きとさせる。
 そのことをとおして、人がたやすく暴力に走ることを
妨げることができる。

 たとえば長年、塾で子らを観てきた立場から言わして
もらえば、小学生の内から国語の教科書を、十分間音読
させる。
 そのことで、根気を養うことができる。

 そういった具合に、幼い頃から大脳心理学に沿って、脳
を育てることが必要なのです。

 体育はからだを鍛える。
 脳育は頭を鍛える。
 これがさらに重要なのです。


 わが拙作「忘却」のテーマは何だったと思われるでし
ょう。

 漫画みたいでなんだかわからなかったでしょう。

 かの龍は一体、何をしたのでしょう。
 どんな役回りだったのか。

 瀕死のドラゴンの口から、ぽろぽろこぼれ落ちた球が
一体何だったか。

 ちょっとでも読まれた方がお考えくだされれば、筆者
として、それにまさる喜びはありません。
 
 もう一言。
 この世は、おおかたの人が抱いている考えで動いてい
るようにみえます。
 時代精神といいましょうか。

 資本主義の世だから、金を持っているものが偉い。
 これもそのひとつ。
 人を区分けして考えてしまう。

 わたしなど、もともと貧しい家庭で育ったものですの
でそう指摘されれば、ああそうなんだと自分を卑しめた
ことが幾度もありました。

 捨てる神あれば、拾う神ありです。

 人身事故のニュースはとても痛ましい。

 どうかご自分のいのちをたやすく捨てないでください。
 いまだこの世のどこかに、自分が助かる道が残されて
いないか。

 どうぞいま一歩、踏みとどまり、考えてください。
 この世は乱れに乱れ、もはや救いようがないように見
えますが、観ている人は観ている。

 互いに手をたずさえ、生きていきましょう。 

 
 
 
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