序破急

片足棺桶に突っ込みながら劇団芝居屋を主宰している爺です。
主に芝居、時々暮らしの中の出来事を書きます。

プレーバック劇団芝居屋第42回公演「通る道」8

2024-04-03 21:38:40 | 演出家

ホッとした妙子がトイレに行くのと入れ替わりに聖司が帰ってきます。

聖司 「なあ、奈美恵。伯父さんから何か聞いてる?」

奈美恵 「何を?」

聖司 「回忌法要の事さ」

奈美恵 「別に何も聞いてないけど」

聖司 「調べたら回忌法要の終了って大体三十三回忌が区切りで弔い上げらしいんな」

奈美恵 「ああ、そうなの。だったら・・」

聖司 「御祖父さんも先にご先祖様になった御祖母さんの仲間に入るんだよ」

奈美恵 「じゃ今回で二人とも先祖様になっちゃうの?」

聖司 「ああ、そういうことだな」

奈美恵 「じゃ、こっちでの法要はなくなるって事かしら」

聖司 「さてね。三十三回忌で弔い上げになるんだったらその筈だけど・・・後は伯父さんの胸三寸ってとこだな」

奈美恵 「なるべくなら全部東京で済まして欲しいな」

聖司 「こんな事伯父さんには言えないけど。・・・まあ、本音だよな」

奈美恵 「内緒、内緒・・」

 

 

聖司が奈美恵に正二の病状について聞くと突然奈美恵が笑い出します。

何事かと訝る聖司に。

奈美恵 「正二叔父さんが入院したの知ってるでしょう」

聖司 「ああ、来る前に正二叔父さんから電話があった。深刻な声で大腸に異常があって血便が出るから入院するって・・・」

 

     笑い出す奈美恵。

 

聖司 「・・・何だよ」

奈美恵 「血便はね・・・(笑)」

聖司 「何だよ、はっきり言えよ」

奈美恵 「痔だったの、血便の原因はイボ痔」

聖司 「・・・イボ痔!(笑)なんだ、イボ痔か」

奈美恵 「そうなのよ」

聖司 「じゃ大したことなかったんだ」

奈美恵 「大腸に出来たポリープを採っただけなんだって、それも良性の」

聖司 「そうか、よかった。深刻な声で何かあったら妙子のことよろしく頼むって言うからやばいのかなって思ってたんだ」

奈美恵 「正二叔父も気の弱いとこあるからね」

聖司 「先ずは一安心だな」

そこへトイレから帰って来た妙子と対面した三人。

聖司 「妙子さん。叔父さんの入院って(吹き出す)・・だって?」

妙子 「あら、聞いたの。そうなのよ。お騒がせして申し訳ありません」

聖司 「まあ、大ごとじゃなくて良かったじゃないですか」

奈美恵 「一安心よね」

安どの笑いに包まれるのでした。

三人が揃い、残すは法事主催者の正一の到着待ちとなりました。

ここまで来ると待ち人の正一との思い出話花が咲きます。

すると何となくイメージして正一の意外な側面が浮かび上がって来るのでした。

妙子 「そうなのよ。これは一大発見。氷原から二頭の鹿が私たちを見上げている図なんていいと思わない」

聖司 「ああ、いいね。写真撮った?」

妙子 「勿論。(携帯の写真を取り出す)ホラ、これ」

聖司 「ああ、良く撮れてる。こりゃ、いい構図だね」

妙子 「ええ、帰ったらすぐ切るつもり。これを切れたらお義兄さんも気に入ってくれると思うの」

聖司 「なんで伯父さん?」

妙子 「えっ・・・あれ?聖司さん知らないの」

聖司 「何の事?」

妙子 「お義兄さんはずっと先生のパトロンだったのよ」

聖司 「伯父さんが?正二叔父の?」てるの

妙子 「・・・聞いてないの」

聖司 「いや、聞いてない。伯父さんそんなことしてるなんておくびにも出さなかったから・・」

妙子 「先生が上京してからずっとよ。結婚してからは私の作品も購入してくれてるの」

聖司 「じゃ、伯父さん正二叔父の事応援してたの?」

妙子 「ええ・・・」

聖司 「そうなんだ。いや、正二叔父の事になると『まったくあいつは』って不機嫌そうにしていた印象しかなかったから・・・」

 

三十三回忌に至る歴史と正一の想いで話が続きます。

聖司 「なあ、お前伯父さんが正二叔父のパトロンやってたって知ってた」

奈美恵 「当然知ってるわよ、お兄ちゃん知らなかったの」

聖司 「全然知らなかった・・・・どういう事だよ、教えろよ」

奈美恵 「お祖父ちゃんが看板屋だったのは知ってるでしょう」

聖司 「当然だよ、夏休みに工場で遊んでよく怒られたもんだよ」

奈美恵 「本当はね、看板屋を伯父さんが継ぐことになってたんだって。ところが伯父さん、看板屋が嫌で高校卒業するとお祖父ちゃんが止めるのも聞かず強引に東京に出ちゃったのよ。それで正二叔父にお鉢が回って来た訳」

聖司 「だから?・・・・」

奈美恵 「だから?もう鈍いんだから。だから正二叔父はお祖父ちゃんの許可をもらって東京に出るまでずっと看板屋の仕事をしていたのよ。だからその間切り絵を本格的には出来なかったのよ」

聖司 「アッ、だからか」

奈美恵 「伯父さんは正二叔父に大きな借りがあるの」

妙子 「そこまでは知らなかったわ」

奈美恵 「伯父さんは正二叔父の切り絵をただの趣味だと思ってたの。ところが正二叔父日展に入選しちゃったのよ。それで正二叔父の才能を知って、お祖父ちゃんに正二叔父の上京を許すように説得したんだって」

聖司 「ああ、それで、俺が中三の時に正二叔父が突然伯父さんとこへ下宿する事になったんだ」

幼い時に両親が離婚し母子家庭にそだった聖司と奈美恵にとって伯父の正一は親代わりでした。

聖司 「そこで声を掛けてくれたのが伯父さんさ。『お袋が仕事から帰って来る間奈美恵は俺んトコ来い、聖司お前は角田の長男で中学生だ、家を守れ』って事になってね」

奈美恵 「下校時間になるとおばさんがわたしを学校に迎えに来てくれて、母が帰るまで伯父さんの家で過ごしてたの」

聖司 「伯父さんとウチは一駅の距離だったからな」

妙子 「そうだったんだ」

奈美恵 「そんな生活がわたしが中学に入るまで続いたの」

聖司 「そうだったな。伯父さんの所は子供が出来なかったから奈美恵は猫っ可愛がりさ」

奈美恵 「それまで伯父さんの家へは何回も行ったことあったんだけど、迎えに来てくれた最初の日に伯父さんが『これからはここ来たらオジチャンって呼ぶな、トウチャンって呼べ』って」

妙子 「・・・父親がいない事を不憫に思ったのね。お義兄さんらしい気づかいね」

聖司 「まあ、ちょっと強引だけどね」

奈美恵 「それから伯父さんと二人きりの時はトウチャンって出ちゃうの」

妙子 「とにかく多かれ少なかれ、お義兄さんにはお世話になってるわね」

正一の声 「(大きく)オウ!文ちゃん」

文子 「ハーイ」

     

     一同に緊張が走る。

 

正一 「おーい、来たよ」 

聖司 「おじさん来た」

 

緊張し威儀を正して正一の到着を待つ一同でした。

9へ続く。

撮影鏡田伸幸



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