因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

因幡屋通信75号完成

2024-04-28 | お知らせ
 因幡屋通信最新号の75号が完成し、設置先劇場、ギャラリー、カフェ各位さま宛に発送いたしました。予定よりかなり相当だいぶ遅れました(汗)。こちらのblogでも公開いたしますので、お読みづらいとは思いますが、どうかご笑覧くださいませ。リンクは観劇直後のblogの記事です。ご参考までに。

 シアター風姿花伝さまは前回にて、こまばアゴラ劇場さまは今回が最後のお届けになります。長きにわたり、貴重なスペースを拝借し、設置や撤収のお手を取らせましたことに改めて感謝申し上げます。また今回より兵庫県の城崎国際アートセンターさまに再設置が叶いましたこと、ご報告申し上げます。

 
大好きな演目や登場人物が
 ますます好きになった体験記
 しばしお付き合のほど  
  
負けいくさの男たち―富樫左衛門の気持ち 
 東京芸術祭 2023 芸劇オータムセレクション
 東京芸術劇場 Presents
 木ノ下裕一監修・補綴 杉原邦生(KUNIO)演出・美術
 木ノ下歌舞伎『勧進帳』 東京芸術劇場 シアターイースト 
 9月1日~24日 その後沖縄、長野県上田、岡山、山口、水戸、京都を巡演。

 これまでなぜかあとひと息、観劇のアクションを起こせなかった「木ノ下歌舞伎」に昨年夏、契機が訪れた。早稲田大学演劇博物館主催の「舞台公演記録のアーカイブ化のためのモデル形成事業「ドーナツ・プロジェクト2023 実践編」の連続講座を受講し、「プロセスとしての舞台芸術アーカイブ―創作者の目線から」に登壇した木ノ下歌舞伎主宰の木ノ下裕一の講義に圧倒されたのである。
  原作を深く読み込んだ上で再構築する緻密な手つき、いったん歌舞伎の様式を完全にコピーする稽古の様子、あくまで原作を重んじながら、いかに独自性を持たせるか等々、内容はもちろんのこと、わかりやすく楽しい語り口の素晴らしいこと。これは観のがすまじ。 講義終了後迷うことなく、木ノ下歌舞伎『勧進帳』のチケットを予約した。
 もとより歌舞伎の演目のなかで最も好きなものが『勧進帳』だ。はじめて観たのが1998年、新春浅草歌舞伎の尾上辰之助(現松緑)の弁慶、市川新之助(現十三代目市川團十郎白猿)の富樫左衛門、尾上菊之助の義経の座組であった。以後、翌年の新之助初役の弁慶、続いて十二代目市川團十郎、二代目中村吉右衛門、松本幸四郎が市川染五郎時代に勤めた初役の弁慶、意外や片岡仁左衛門まで、飽きることがない。過程も結末もわかっていながら繰り返し観たくなるのは、堅固な物語構成とゆるぎない歌舞伎様式が心地よいことに加え、武士の忠義や情に対する憧れが呼び覚まされるためかもしれない。
 だが、そのイメージを主に形成するのは弁慶であり、富樫左衛門はどうしても二番手的な存在であった。また演じる俳優によって、それぞれの弁慶像があるのに対し、富樫は「冷静沈着だが、実は情に厚い官僚」であり、知的で横顔の美しい二枚目のイメージが固定化していたのである。

 木ノ下歌舞伎の『勧進帳』は、細長い演技エリアを客席が両側から挟む対面式の作りであった。俳優だけでなく、観客も逃げ場はない。また義経の四天王役の俳優四人が富樫側の番卒役を兼ねる形になっているのも特色のひとつだ(岡野康弘/常陸坊海尊と番卒オカノ、亀島一徳/亀井六郎と番卒カメシマ、重岡漠/片岡八郎と番卒シゲオカ、大柿友哉/駿河次郎と太刀持ちの大柿さん)。これは、追われる側と追う側が実は表裏一体であり、政変によっていつ反対側に転じるかわからない不安や緊張を示したものであろうか。 
 富樫役は坂口涼太郎である。既に多くの舞台や映像で活躍しているが、彼を明確に認識したのは、昨年前期放送のNHK朝の連続テレビ小説『らんまん』(長田育恵脚本)であった。主人公の植物学者槙野万太郎(神木隆之介)の分家の息子「伸治さん」だ。商いの才はなさそうだが、軽妙な中にも本家の人々への親身の情を「達者でのう」のひと言で吐露する場面にほろりとさせられた。しかしながら歌舞伎で慣れ親しんできた『勧進帳』の富樫のイメージには遠く、観劇前の懸念だったのである
 果たして坂口涼太郎の富樫は、歌舞伎のそれとは大きく異なる造形であった。無口で仏頂面、部下の勧める飲みものを無下に断るなど、職務に忠実で優秀な官吏だが、周囲から好かれる人物ではなさそうだ。巨漢の武蔵坊弁慶(リー5世)に闘争心剥き出しで挑みかかり、執拗に食い下がるが、義経(高山のえみ)を激しく打擲することで守り抜こうとする弁慶の情にほだされ、遂に一行を見逃す。 
 番卒たちはまさかの展開に驚き、上司への失望を隠さない。富樫はそんな彼らにほとんど半泣きで「わしについて来い」と命じるが、誰も従わない。彼は一瞬で部下の信頼を失った。みずから職務を放棄して失脚したのである。
 その後、たった一人で義経一行を追ってきた富樫は大きなレジ袋をいくつも提げている。一献傾けたいと申し出る神妙な表情は、高級官僚というより、転校する友だちを必死で追いかけて来た優等生のようだ。レジ袋の中身は酒とつまみなのだが、下戸のためのソフトドリンクや、乾きものだけでなく温かい惣菜もある。細やかな心配りだ。彼もかつては部下として職場の飲み会の準備をした経験があったのだろう。一方で敷物のビニールシートの包みも満足に開けられない不器用な手つきから、ずっと勉強中心で、そとで楽しく遊んだ思い出がないと見た。
 学業も仕事も優秀であることだけを求められ、自らもそれに黙々と従ってきたが、義経や弁慶、四天王たちに出会って初めて、自分の心の奥底に気づき、職務を越えた人間同士の触れ合いを得られたのかもしれない。
 義経と弁慶たちは負けいくさから逃げ続け、奥州で最期を迎える。 そして富樫は、彼らとの交わりによって、おそらく初めて、身を以て負ける体験した。手柄を挙げて立身出世するのは悪いことではない。しかし人を踏みつけ、命を奪うことも厭わない究極の競争、すなわちいくさに敗れた者にも、一分の了見があるはず。本作に登場するのはいずれもいくさに負けた男たちだが、もしかすると彼らは、武士の世の条理に対して、別の生き方があることを示した勝者とも言えるのではないだろうか。

 こうして初観劇の木ノ下歌舞伎『勧進帳』は、情緒に回収されがちな判官贔屓とは違う清々しさと、孤独ゆえの富樫の温情と悲哀など、歌舞伎とは異なる複雑な味わいをもたらした。観客としての自分の『勧進帳』歴に、確かな足跡を印したと言ってよい。不測の事態に備えて複数役をカバーする「スウィング」を担う佐藤俊彦と大知が「スウィング俳優出演回」で披露されたことも特筆すべきだろう。

 そう言えば、しばらく歌舞伎の『勧進帳』を観ていない。このつぎ『勧進帳』に出会ったときは、冷静沈着で端正な富樫左衛門の横顔に見入りつつ、レジ袋を提げて必死に走ってきた坂口涼太郎を思い出し、たぶん少し泣いてしまいそうである。 
   
【秋から冬のトピック】
☆9月☆
*第20回 明治大学シェイクスピアプロジェクト ラボ公演
 太宰治作 新井ひかる(文学部卒)テキスト
 井上優(明治大学文学部)テキスト/総監修 養父明音(明治大学文学部4年)演出 アートスタジオ 『新ハムレット』
 ハムレットと現代の大学生を重ね合わせながら、本編『ハムレット』では語られない赤裸々な本音を吐く登場人物たちが面白い。トム・ストッパードの『ローゼンクランツとギルゼンスターンは死んだ』も、ぜひラボ公演で。
*朱の会小公演Vol.3 
 浅田次郎作 神由紀子構成・演出 『夜の遊園地』阿佐ヶ谷ワークショップ
 前半の小川未明『野ばら』、向田邦子『字のない葉書』、泉鏡花『外科室』に続く浅田次郎『夜の遊園地』圧巻のステージだ。昭和30年代、登場人物それぞれの年齢、立場、環境による違いはあっても、誰もが戦争の傷を持ち、人生を大きく左右されている。主人公の青年は、遊園地を訪れるさまざまな家族に接するなかで、あっけなく戦死した父の心情を想像しつつ、自分を置いて別の家族を作った母と訣別する。朱の会の財産演目として、これからも上演が重ねられることを願う。
*文学座アトリエの会9月公演 
 アリス・バーチ作 關智子訳 生田みゆき演出
 信濃町/文学座アトリエ
 数回にわたる初日延期のアクシデントを乗り越え、公演を再開した労苦に心からの敬意を表す。三世代の女性とその家族の物語が交錯しつつ進行する物語は決してわかりやすくはないが、精緻な構成の戯曲に挑んだ演出家と俳優の創作の姿勢に感銘を受けた。
*劇団文化座公演 165 
 三好十郎作 西川信廣(文学座)演出 『好日』 両国/シアターχ
 三好十郎の生前未発表戯曲の本邦初演である。劇作家三好十郎自身が主人公として登場し、借金に苦しんだり宗教にすがったり、夢への未練等々、厄介な事情を抱えた人々に振り回されながら、新作『好日』を書き始めるまでの右往左往の物語だ。舞台のリズムにこちらの心身が馴染みにくい感覚があったが、この生硬なところが魅力なのだろう。
 
☆10月
*演劇ユニット・劇団新派の子 錦秋公演 河竹黙阿弥 没後130年
『新編 糸桜』(河竹登志夫原作『作者の家』)
 齋藤雅文脚色・演出 日本橋公会堂(日本橋劇場) 
 波乃久里子は、「これぞまさに舞台女優」でありながら、ふと気づけば自分のとなりに居そうである。この芸風、芸質はほんとうに不思議だ。一推し。
*十月大歌舞伎より 
  三遊亭圓朝口演 山田洋次脚本・演出 
  松岡亮脚本『文七元結物語』歌舞伎座
 中村獅童が左官長兵衛、寺島しのぶが女房お兼を演じた。先例があるにも関わらず「歌舞伎座に初の女優出演」、女性ゆえに歌舞伎俳優になれなかった寺島の積年の思い等をしきりに強調する報道にいささか食傷気味であったが、疲れた足取りで花道に登場し、娘の名を呼ぶお兼の弱々しい第一声を聞いたとき、さまざまな懸念は消え、温かな人情噺を味わうことができた。
 最後はやはり、登場人物の渡り台詞で終わってほしいもの。
 
☆11月☆
*新国立劇場 ダークコメディ交互上演
 ウィリアム・シェイクスピア作 小田島雄志訳 鵜山仁演出
 2009年に始まった新国立劇場シェイクスピア歴史劇シリーズの面々が再集結し、「問題劇」とも言われる作品の交互上演を行った。勘違いやすれ違いの大騒動が何とか収まり、晴れやかな婚儀の大団円となるいつもの喜劇とは明らかに違い、「いや、ちょっと待ってくれ」、「ほんとうにそれでいいのか」という不完全燃焼感が逆に心地良い不思議。女性たちによるベッドトリックが男性たちを翻弄し、首尾よく展開する様相は痛快ではあるが、もしこれが逆だったら? あの二人はほんとうに幸せになれるのだろうか?400年前も今も、この世は理不尽で不条理なままである。今回の二作は、観る者の「裏側の気持ち」を炙り出す。 
☆12月☆
*劇団民藝公演 木下順二作 丹野郁弓演出 
   紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
 1997年の大滝秀治主演版以来の観劇。『マクベス』初日の開幕を控えたマクベス役の俳優が演出家を前に、戦争末期、演劇によってナチスに闘いを挑んだ老優のことを語り始める。演劇についての演劇、俳優が演劇の作り手を演じる作品はいくつもあるが、命を投げうっても「俳優」として認められたいという老優の切実な願いが胸に刺さる。兵士や避難者などの役で若手俳優が何人も出演しており、名前も台詞も無いが、この舞台に立つことで大いに学び、鍛えられ、劇団の財産演目を継承していくことだろう。
*高木登作 小崎愛美理演出 
 鵺的第17回公演『天使の群像』 下北沢/ザ・スズナリ
 なりゆきで都立高校の臨時教師となった学校嫌いの女性が、教師や生徒たちのあいだを右往左往しつつ成長していく…のではなく、最後は怪物のような父兄に打ちのめされる。休憩無しの2時間30分の長尺だが、ここで終わるのは惜しい。続きをもう一幕。

★映画★
*森達也監督 佐伯俊道、井上淳一、荒井 晴彦脚本『福田村事件』
 関東大震災の数日後、千葉県東葛飾郡福田村の自警団を含む村人たちに、四国から訪れた薬売りの行商団が朝鮮人と疑われ、15人のうち、幼児や妊婦を含む9人(お腹の子を含めれば10人)が殺された。不安と恐怖からデマに支配された人々を狂気に駆り立て、惨劇になだれ込む後半の40分は息もつかせない。パンフレット掲載の脚本担当の一人である佐伯俊道と、元野田市職員で、福田村事件追悼慰霊碑保存会代表の市川正廣の対談は読み応えがある。市川は映画に決して満足しておらず、行商団の話す讃岐弁や、服装や小道具にまで容赦なく異議を唱え、練達の脚本家も、映画創作のプロとして一歩も引かない。野田村を愛するがゆえに、この悲惨な事件の真実を追求する者と、映画という虚構の中に真実を描こうとする者の議論は同じ着地点には至らないが、それが観客への問いかけであると思う。
*アキ・カウリスマキ監督・脚本 『枯れ葉』
 突然の監督引退宣言から6年、あっさりと復帰したカウリスマキが世に送り出したのは、どこにでも居そうな不器用な中年男女のラブストーリー。二人とも不安定な雇用形態のギリギリの暮し、ラジオから流れるロシアのウクライナ侵攻のニュースも影を落す。 しかしすれ違いを繰り返しながら再会し、枯れ葉を踏みながら並んで歩き出す終幕は、この世に奇跡が起こり得ることを信じさせてくれる。

・秋田雨雀 土方与志記念 青年劇場 第129回公演 
    紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
 瀬戸山美咲作 大谷賢治郎演出『行きたい場所をどうぞ』
・演劇集団円・シアターχ提携公演 
 W・シェイクスピア作 安西徹雄翻訳 
   中屋敷法仁(柿喰う客)演出 『ペリクリーズ』  
 円・こどもステージ №41
 國吉咲貴(くによし組)作 後藤彩乃演出『ぼくは人魚』
 いずれも両国/シアターχ
・演劇ユニット新派の子 特別企画「さろん・ど・まろん」
 抜粋再編集朗読劇より 
 北條秀司作 齋藤雅文構成・演出
『太夫さん』代々木上原/ムジカーサ 
    河竹登志夫「作者の家」より 齋藤雅文脚本・演出  
 新編『糸桜』
 日本橋公会堂(日本橋劇場)
・東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎
 木ノ下裕一監修・補綴 杉原邦生(KUNIO)演出・美術『勧進帳』
 東京芸術劇場 シアターイースト
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