続いては第5代孝昭天皇陵を目指します。
孝安天皇陵の脇から孝昭天皇陵方面を展望すると、このような景色が広がっていました。
前方遥かな山裾迄歩かないといけないようです。
お参りを済ませた孝安天皇陵の傍らを歩きます。
すぐ脇迄庶民の生活臭が感じられるのに、陵内の研究がなされないのは何とももどかしい気がします。
欠史八代の天皇陵と言われ、その信ぴょう性が疑問視されている場所でも、発掘調査は出来ないとはなんということでしょう。
季節柄桜花爛漫でしたが、なんとも俗っぽい場所を通っていきます。
電柱には三室という場所表示、GSは御所SSと表記されなんだか歴史を感じさせますが、特に天皇陵との関わりは分かりませんでした。
田の中の道から、川土手へ上がるといきなりお馴染みの標識がありました。
何処にでも見かけられる里山風の一角に、玉垣に囲まれた孝昭天皇陵はありました。
鳥居も真新しいものです。
すぐ脇に民家が近接しており、荘厳さが感じられません。
欠史八代の一人第5代孝昭天皇陵は、何とも庶民感覚の雰囲気の中に存在します。
墳墓の一部は切り崩されたように見え、脇には休業に追い込まれた商業施設が放置されています。
開発の波に洗われて痛々しい状態でした。
第5代孝昭天皇の御陵印です。