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管理職だったのに、私は「他人と取り替え可能な労働者」だった

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どうも、40代会社員のソラマメです。

以前読んだ、経済評論家の山崎元先生の『経済評論家の父から息子への手紙より』。

この本で働き方の部分に書かれていた『労働者タイプB』という言葉に強く惹かれました。

関連:令和で目指す働き方は”労働者タイプB”(経済評論家の父から息子への手紙より)

というのも、これまでの私は完全なる労働者タイプAだったから。

しかも、過去をさかのぼれば会社の中核である管理職であったにも関わらず、生産と引き換えに賃金をもらうだけの側の人間だったということに気づきました。

自戒も込め、私の失敗についてこの記事では晒そうと思います。

社内では一目置かれた存在だった過去

私が20代~30代半ばまで働いた会社があります。

今思えば最も自分が頑張った仕事であり、人生を懸けた仕事をしていたように思います。

業界は教育。その中で私は生徒募集の広報を担当していました。

それ以前は広告業にいたということもあり、プロモーションを考えるのは大好きでしたし、既存の学校広報は慣例的なことをするところばかりでした。

当時の上司の後押しもあり、私は学校をPRする方法を次々と考え、生徒数は4年目くらいには2倍。

学校は全国にもあったので、社内では「どうやって人を集めたのか知りたい」同業者からも「貴校のように広報するにはどうしたらいいか?」と質問に来る方もいました。

自分が考えたことが形になり、それが結果が出るのもうれしかったし、何よりも生徒の笑顔や保護者の笑顔が見れることが私にとって幸せでした。

仕事も順調、しかも楽しい。

これが生きがいかもしれないなと思っていた時代でした。

管理職に出世するもうつ病に

2016年、大きな変化がありました。

広報として責任を担っていた私が、名古屋の管理者として運営していきなさいと理事長から拝命されたのです。

35歳にして出世。

大きな組織のなかで管理職になることで稼ぎが増え、家族をちょっとでも楽にできると思った私は、頑張った。

本当に頑張ったんです。

でも、結果が出なかった。

そればかりか、大切な仲間(スタッフ)を転勤で失ったり、会議では理事長から叱責され、パニックになった私は、管理職1年でうつ病になりました。

起きて仕事に行って帰りは終電。

休みも仕事したり、出勤してなくてもしごとのことを考えない日はなく、家族と遊んでいても目から涙が出てくる日もありました。

もう死にたい…。

そんなことまで考えるようになってしまった私は、逃げるように辞める決意をしました。

ただ、管理職ってそんな簡単にやめれるわけがありません。

当然理事長には引き留められるし、色々と言われました。

それでも無理だと話し合い、3月末では難しいので4月末で辞めることで話がつきました。

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辞めても会社は回っていた

4月。私の代わりに名古屋の学校の責任者として1人の方が来ました。

私はその方と話をして、1ヶ月という短い期間でしたが引き継ぎました。

私が行ってきた数年の業務は、たった1ヶ月話をしただけでできるのだろうか。

私が辞めたらこの学校はどうなるんだろうか。

と考えたこともありました。

しかし、私の心配や不安なんて全くなかったかのように学校は今でも存在しています。

業務も滞りなくできているし、なにひとつ変わらず、むしろどんどん発展していっています。

呆然としましたよね、当時は。

私の数年ってなんだったんだろうか。

私がいた意味ってあったんだろうか。

当然わからないこともあったかもしれませんし、苦労懸けたこともあったかもしれません。

「私は取り替えの利く存在だったんだ」と初めて痛感した出来事でした。

リスクを取りたくない労働者なのにお金を望んでいた

私は仕事を辞めた後、新たに入った会社は福祉企業の事務。

転職したのは「年収は下がるけど地元ではまあまあ大きい企業でつぶれることなく安定した業界で安定した給料がもらえるのではないか」という理由でした。

要するに山崎元先生からすると、またしても取り替えが利く労働者タイプAとして転職をしてしまったのです。

それなのに上がらない給料に文句を言っていました。

嘆いて酒を浴びたりしていました。

なんでこんなに仕事しているのに昇給しないんだって思っていました。

それは、会社からしたら安定して給料がもらえたらいいという私の労働力に対してそれなりの対価を払っていくから。

仕事においてはリスクを全く取っていませんでしたから、当然のことだったんですよね。

この期間は無駄ではなかったのですが、改めて本を読んで自分がお金が増えなかったかという理由がハッキリと分かってよかったなと思います。

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さいごに

20代も30代も40代に入ってからも取り替え可能な労働者タイプAだった私は、数年前から出向で行っていたグループ企業へ42歳で管理職として転籍しました。

一度管理職になって失敗している私が再度管理職になろうと思ったのは『お金』のため。

でも自分が納得する年収でなければ管理職になる意味がないと決めていたので、今回はオーナーと直接給料交渉しました。

結果、基本給ベースでは2倍、総支給でっは残業代が含まれますが残業代を含めた総支給でも月10万円の年収アップを勝ち取りました。

当時は「よし!上がったな」

という気持ちだけでしたが、これって私が数年間出向先で行ってきた取り組みが、山崎元先生でいう「労働者タイプB」側になれていたからではないか?と感じました。

というわけで、次回は何の取柄もない私が他人と取り替えが利かない”労働者タイプB”になれた理由について考え晒してみようと思います。

ぜひ、お付き合いください。



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