去年のクリスマスイブにアップしたショートストーリーの改訂版です。

 

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「今夜は特に冷えるな」


本格的に降り出した夜の雪の中、俺はとある公園の片隅で、段ボールで作った小さな小屋のような囲いの中で身をひそめていた。もはや氷点下の気温の中では、段ボールもブルーシートも何の役にも立たない。


そう、かれこれ20年近くになるだろうか、俺は公園や地下道で野宿生活を続けるホームレスだった。そんな生活になってしまった後悔などもうない、というか忘れてしまった。家族は…確かにいたのかもしれない、たぶんいたんだろう。記憶のかなたに、その片鱗はかすかに残っている。

当時、仕事の重圧に押しつぶされ、妻からの叱責にも打ちのめされ日々の暮らしから逃げ出したいという思いしか俺にはなかった。ある日、俺は玄関を出たときに、そのまま会社に行く理由が何も思い浮かばなかった。会社に行く必要性なんて俺にあるのだろうか?なんで、こんなに苦しい生活を続ける必要があるんだろうか?と。

そして、俺はいつのまにかホームレスが集まる公園に向かって、そのまま今の生活になじんでいった。仲間にも恵まれた。決して幸せな暮らしではなかったが不幸でもなかった。そんな生活になってしまった後悔などもうない、というか忘れてしまった。

そんな想いに浸っているとき、ひとりの若い女性が俺の前を通り過ぎた。その女性は歩きながら、大きめのショルダーバッグの中を何かを探すようにゴソゴソ手を入れていた。すると、そのバッグの端から小さな白い箱のようなものがポトリと落ちた。赤いリボンがきれいに結ばれている。俺はすぐに立ち上がって、その箱を拾い、「お嬢さん、落としましたよ」と女性を追いかけて声をかけた。

その女性は振り返って、俺を見た瞬間、ほんの一瞬だけだが嫌悪の瞳で俺を見た。そりゃそうだ、サンタクロースのようなアゴヒゲを伸ばして、薄汚れて悪臭を放つ男が声をかけたのだから。女性は、「あッ、それ、はい、ありがとうございます」と箱をそそくさと受け取った。

そして、「あぁ~、よかった! これ落としたら大変」と、いかにもホッとした表情で女性は言った。

 

「大切なものなんですね?」と俺は余計なひとことを言い放ってしまった。

 

「はい、今日は彼とのデートで、そのプレゼントだったんです、ありがとうございました」

 

「いえいえ……」と俺は伏し目がちのまま返事をした。

 

「今、おじさんの手を見たらひどいあかぎれじゃないですか、この手袋さしあげます、ちょっと小っちゃいかな、でも、あげます」と、その女性は真っ白い手袋を俺に渡してくれた。

「え?いいの?いやいや、それはダメだよ」と俺は断ったが、その女性は、いいんです、受け取ってください、お礼ですと引き下がらなかった。俺はその好意を無駄にすることのほうが申し訳ないと思い、素直に受け取ることにした。

そして俺は、「メリークリスマス、お嬢さん、お幸せに!」という言葉をその女性に投げかけた。というのも、今日は12月24日、クリスマスイヴの夜だった。

女性のほうも、「メリークリスマス、おじさん!」と、笑顔を見せてくれた。

やがて、その女性は弾むような足取りでデートに向かっていった。その様子を見て、俺は確信した。その女の子の左耳の耳たぶには大きめのホクロがあったのを見逃さなかった。それはまさに俺の娘の特徴だった。さらにその瞳は忘れようもない幼稚園のころに別れた俺のひとり娘の大きな瞳そのものだった。

いったい俺は何をしてきたんだろうと、とてつもない後悔が押し寄せてくるのを感じた。俺が幸せにできるはずだった妻とひとり娘がいたのに、いったい俺はなんという自分勝手な身勝手な人生を過ごしてしまったのだろうかと……

すると男は突然、胸の中心部に強烈な痛みが広がるのを感じた。それは心筋梗塞に伴う激烈な痛みだった。背中も張り裂けそうに痛い。やがて、男は横倒しになり、静かに目を閉じた。

 

男の手にはひとり娘からもらった白い手袋がしっかりと握りしめられていた。

 

男は薄れていく意識の中で、とてつもない後悔と同時に、とてつもない幸せに満たされていた。なぜなら、しあわせそうなひとり娘の笑顔を目にして、うしろ姿をながめ、娘のしあわせを最期に祈ることができたのだから。

 

「俺の娘とは思えないすばらしい大人になってくれたんだな……」と満足した。

 

降り続ける雪は、男の頬に降り積もった。しかし、もう雪が溶けることもなかった。

でも、雪明かりに照らされた男の顔は、微かに微笑んでいるようにさえ見えた。

 

降りやまない雪は、街をますます白く染めていった。

 


 

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