新しい日々のはじまり

約1年前、3月の終わり、わたしたちはしょんぼりしながら無言で車に乗っていた。

前年の感謝祭の日にわたしが東京から連れてきた黒いラブラドールが14歳で天寿を全うし、間髪入れずにイヌを飼うべく毎週のようにサンフランシスコ市内や近郊のアダプト(里親さがし)センターに通うものの、なかなか縁に恵まれなかったためだ。

焦らず探そう。今日はとりあえずJaneでコーヒーでも飲んで帰ろう。

お店の少し手前に車を停めたら、坂の上から、ノーリードの黒いツヤツヤのラブラドールが歩いてきた。うちのイヌの若い時にそっくりだった。ちょっとくせ毛気味の毛並みもヘラヘラと笑ってるように見える顔もよく似ていた。夢でも見てるのかと思った。少し過剰なくらいイヌに寛容なサンフランシスコでもあんな人通りの多い週末の午後にノーリード、しかもよく似た黒いラブラドールとか奇遇にも程がある。もちろん夢ではない。彼は並びのBenefit Cosmeticsに入っていった。おやつをもらっていた。程なくして飼い主さんらしき背の大きい白人男性が「彼は毎日ここでおやつをもらうんだよ〜」と話しかけてきた。

即聞いた。
「ブリーダーさんを教えてもらってもいいですか?」
「わたし、去年飼ってたラブラドールが亡くなって……今新しいイヌを探し」
まで言うと、飼い主さんは

何歳だったの??
東京から連れてきたの?すごいすごい!
写真持ってる?見せて見せて!!わーかわいいなぁ
顔真っ白だね! 僕の前のイヌと同じだよ!
前のイヌも黒いラブラドールだったの!
次のイヌも絶対ラブラドールにしなよ!

イタリアのトスカーナってわかる?日本人ならわかるよね。
Tuscanyね。それと同じ名前のブリーダーさん。Tuscany Kennel
場所はUC Davisわかる?そのDavisの隣のwintersってとこ。ググって連絡してみて!
僕のイヌの名前はBoxster。オーナーに教えてもらったって言って!
結構待つと思うよ!僕は8ヶ月待ったよ!

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すぐ検索したものの何故か全く見つけられない。3時間ほど必死で探し、ようやく「ブリーダー情報交換サイト」に、とても似た名前のブリーダーさんを見つけた。
連絡先は記載されておらずそのサイト内からとりあえずメッセージを送れるようになっていた。
「私達は去年14歳のラブラドールを亡くしました。今日、Boxsterくんのオーナーから聞いたブリーダーさんが、そちらではないかと思います。是非連絡をください」
藁をもすがる思いで文字制限のある中全て盛り込んで送ると、すぐ連絡が来た。

「Boxsterは確かにうちの子です。ウェイトリストいれますね。連絡先詳細を教えてください。」
これだけだった。
ブリーダー界は農場と同じ白人中心の世界。偏見かもしれないけど英語のたどたどしいアジア人にはかなり冷たい。(過去にドッグショーを見に行ったことがあり同じカリフォルニアでもこんなに違うものかとカルチャーショックだった)ましてや連絡先を公表していないようなブリーダーさんなら尚更である。
連絡先詳細を送るついでに自分たちの経歴とイヌの思い出と写真をいっぱい貼って送った。

「色は何色が良い?男の子?女の子?ウェイトリストは次の次の交配までいっぱいだから最短でもクリスマスになるよ!でも必ず連絡するから待ってて!」

次に届いたものは最初と全く違う気さくな文面になった。

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ところがその後ブリーダーさんから特に連絡がないまま12月を迎えた。
Boxsterくんも一度も見かけなかった。
クリスマスカードは一応送った。でももう諦めてた。

イヌのいない生活は慣れてしまうと快適だった。
好きな時間に起き、天気予報を気にする必要もない。雨降りを過剰に気にすることもない。食事に出かけて足早に帰ってくることもない。寒い中眠い中外に行かなくてもよい。
わたしはイヌを失ったけど自由な時間を手に入れた。それはそれで楽しい。

もうイヌ飼わないかも。

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「クリスマスカードありがとう!イヌ生まれたから見に来て!」

 

年明けに唐突に連絡が来た。最初に見に行ったのは1月10日。
ブリーダーさんご夫妻は白人。とてもいい人達で感激してしまうほど。
話が盛り上がって帰りに自家製ジャーキーをお土産に頂いた。
成犬しか見たことのない旦那はまだチワワくらいの子犬のあまりのかわいさに泣きそうになっていた。でも即決することが出来ない。

翌日、やっぱ諦めようか……と車の中で話してたら、黒いピカピカの、ノーリードのラブラドールがボールくわえたまま信号待ちしてた。二度見した。
Boxsterくんだった。

嘘でしょう?こんなことってある???

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2月に入り、もう一度見にいくと頭数は半分になっていた。
悩んだ。今日は決断しないとダメだ。

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売約済み印をつけられる名称未設定ちゃん2ヶ月。

ここまできても、なんだか実感がなかった。
友達に話すわけでもなく(この投稿で皆初めて知る)

わたしはほんとうにいぬをまたかうの?

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先週、とりあえず必要なものを物色しにベイエリア中のペットグッズ屋さんを見て回り、ペットフードの最新知識を叩き込み、いよいよ心の準備ができた。
その帰り道に、なんと、また、黒いピカピカの、ノーリードのラブラドールがボールをくわえたまま信号渡ってた。もちろんBoxsterくんだ。

アニメでもこんないい所で偶然登場する展開そうないってば。

今回は流石に車を停めた。急ブレーキ踏んだので後ろの車にめちゃくちゃ怒られたけどそんなのどうでも良かった。とにかく窓あけて大声で呼んだ。

「わたしたちのことを覚えている?」

おお!!もちろん覚えてるよ!その後どうなった!

「来週来る!」

電話番号を交換した。飼い主さんのお名前はヨハンさんという。
わたしたちにまたイヌを飼うきっかけを与えてくれたのはヨハンさんではない。
Boxsterくんだ。

これは間違いなく縁だ。

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今日、名称未設定ちゃんを迎えに行き、連れて帰ってきました。
3ヶ月、予想外に大きくなっていてすでに24lbs(約11kg)
一番喜んだのはわたしでも旦那でもない、ネコ。
ネコは全く警戒せず、子犬にニオイ嗅がれまくっても怒らず、兄貴風を吹かせている。

わたしの、新しい日々がはじまる。

 

 

 

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