Nスペ「古代史ミステリー 第1集 邪馬台国の謎に迫る」3/17放送 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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NHKスペシャル 古代史ミステリー
「第1集 邪馬台国の謎に迫る」3/17放送

 

感想
最近、邪馬台国の場所について論争が再燃していると聞いていたため、ちょっと覗いてみた。
シシド・カフカの卑弥呼は・・・まあまあかな?
卑弥呼の墓があったとすれば「近畿説」なんだろうな。
中国に使者を送り、そのパワーバランスを利用して国を導いて行ったとは。最初はお飾り的だったのが、どんどん力を発揮。
卑弥呼の姿が急に具体性を持って現れた気がする。
「盛土」の技術にはちょっと感動。
オマケ
1.そういえば1年前Nスペの「南海トラフ巨大地震」のドラマパートで出ていた松尾諭が、今回卑弥呼の家臣をやっていた(イロイロ文句言うヤツ)
2.日本人の混血については「フロンティア 日本人とは何者なのか」で記述があった。



内容
日本の始まりには大いなる謎がある。

今、古代史のミステリーに迫る新発見が相次いでいる。

図書館に来た学生「原菜乃華」この国のルーツを調べたい。
歴史ミュージアム司書 シシド・カフカが応対。まずは卑弥呼から。館長 前川泰之。卑弥呼が生きた3世紀は大きな転換点・・・


中国の歴史書「魏志倭人伝」での日本記述は2千字にも満たない。最新研究で謎が明らかになりつつある。

「邪馬台国はどこにあるのか」九州説 VS 近畿説
九州説:吉野ケ里遺跡(佐賀)弥生時代集落跡として国内最大。
発掘調査で石棺墓の蓋の裏に線刻があった(宗教儀式用か)


卑弥呼は「鬼道」という呪術を背景に政治を司った。
当時中国では「道教」として同様の儀式を行っていた。
調査は継続中。

近畿説:纒向(まきむく)遺跡(奈良)巨大都市があった。
東西2キロ、南北1.5キロ。中心には宮殿が建てられていた。
その中心に居たのが卑弥呼か?
魏志倭人伝で、卑弥呼が親魏倭王の称号を得たのが239年。
出土した建築木材の、酸素の同位体比による年代測定が可能になった(年単位)既に判明している気候データと纒向との照合を行うと、卑弥呼の時代と合致する(伐採された年は231年)

ここが卑弥呼の本拠だとして、葬られたとした最大候補は
箸墓古墳」全長280mの前方後円墳。250年頃に亡くなった。


この古墳が作られた年代もその時期、との調査結果。
墓の主は卑弥呼である可能性が高い。

卑弥呼はどんな人物だったのか 新事実が判明。
当時倭国と呼ばれた日本は小国に分かれ、夫々に王が居た。
そんな王たちが共に立てたのが卑弥呼。何故擁立したか。
青谷上寺地遺跡(鳥取)2023年、白骨調査で見つかった人骨。
埋葬されず散乱。傷を受けた痕(騒乱)要因は気候変動。

干ばつ、洪水の頻発。

食料を巡る争い→邪馬台国連合擁立。
勢力は西日本に広がっていた。そのシンボルが前方後円墳。

特定国が突出しない様祀り上げられた。まとめるのは大変。
そこに試練が重なる。狗奴國(くなこく)の台頭(宿敵)
そのシンボルは前方後方墳。勢力範囲は東日本(対抗勢力)


特徴ある土器(顔に入れ墨)

ピンチをどう乗り越えたか?
卑弥呼が魏に使者を送った時期に東アジアで大変動が起きた。
青谷上寺地遺跡の人骨DNAから、大陸との混血が判明。


 

原因は中国の戦乱。大帝国が衰退し「三国志」の時代に。
大量の難民が東に移動(蓬莱を求めて)朝鮮半島→倭国へ。
鉄が持ち込まれ、最新の武器が出来た。石矢と鉄矢の差。


卑弥呼と狗奴國の戦いは熾烈を極める。民の不満は募る。

不満をぶつける家臣。


魏に使者を送った卑弥呼。魏は曹操が基礎を築いた大国。
卑弥呼の行った交渉。魏、呉、蜀の対立関係を利用。


カギは呉を率いた孫権。曹操を赤壁の戦いで破り勢力拡大。
海上からの攻略の過程で倭国に接近。補給や物資調達で取引きの形跡あり。兵庫で大量に出土した呉の銅鏡。
それを魏との交渉で使った。魏と倭が結んで呉をけん制。


卑弥呼を「親魏倭王」として魏から金印が贈られた。


倭国での卑弥呼の立場が格段に上がる(優れた外交力)

それでも狗奴國との争いは止まらず。結末は魏志倭人伝にも書かれていない→だがこの後日本は一つにまとまって行く。
その謎を解くのが前方後円墳。AIで前方後円墳の分布を調査。
地形データからの割り出し。東北地方を重点的に調査。
これまで知られていたのは前方後方墳。その中に多数の前方後円墳が存在した。4世紀にかけて邪馬台国連合が圧倒して行く。


その手掛かりが箸墓古墳にある。高度な技術。
1700年経っても原型を保っている。中国からの技術導入。
「盛土」技術。土を何層にも重ねる。鉄球落下試験。


放水耐力にも大きな差が出る。粘土層と水はけの良い層の組み合わせ。優れた技術には魅力がある。



最後の謎。卑弥呼のその後の歴史がどう繋がっているか。
卑弥呼の死後、国を治めたのは「ヤマト王権」
歴代の歴代の王たちの墓(天皇含む)はみな前方後円墳。
卑弥呼が葬られている箸墓古墳も前方後円墳。

よって卑弥呼はヤマト王権の最初の王