その後、音大の教授のPが何とかNの妹の#に連絡を取りつけ、#はロシアに招聘される運びとなった。かねてから生き別れになった妹と、Nはロシアで再会する。長い時間を超えて。
CAPTION:Moscow, Russia.(ロシアのモスクワ)
ロシアの首都モスクワで、Nの生き別れになったウクライナにいる妹の#と再会し、そこでQと重奏させることが全ての願いだった。モスクワ入りしたQとN、そして、P教授は会場となるコンサートホールの控え室で談笑していた。
P:「いよいよだな」
Q:「何だか緊張してきた」
N:「僕もだよ」
そうしてQは最後のリハーサルに挑んでいた。今日奏でる曲はロシアでも有名なショスタコーヴィチの『交響曲第5番』の革命と、ベートーヴェンの『運命』だった。Qが幼い頃に憧れたロシア人作曲家とドイツの音楽家だ。それはもう#に告げてあるので、#もウクライナで練習してきている。
P:「さあ、最後のリハに取り掛かろう」
Q:「はい」
P:「This is like a wedding rehearsal. Have an elaborate rehearsal of the music.」
P教授がそう言うと、Nはクスッと笑っていた。
P:「テクニック編として、(左手を鍛えて豊かな演奏にしよう)苦手なフレーズこそメトロノームで練習を。(初心者にも上級者にもメトロノーム練習は効果的)すべての指が自在に動く形を確保しよう。すべての調の音階練習が演奏の筋肉となる。各指を素早く動かして音の粒立ちをそろえる」
N:「ポジション移動は手全体を素早く正確に動かす。オクターブの音階練習で耳を鍛えよう。(速いパッセージにも有効なフィンガーオクターブ)心を揺さぶるビブラートは両手の意識が必須。(ビブラートは弦にかけるものではなく音にかけるもの)ピチカートも弓で弾く時と意識は変わらない。(ピチカートは弦をはじいた直後に左手でビブラートすると、音に余韻が生まれて美しく響く)ハーモニクスはしっかり弾いたほうが効果あり。Qよ、君ならできる」
Q:「スパシーバ」
そう言って、Qはヴァイオリンを弾き、入念にリハーサルを行う。その音色はロシアの首都モスクワを優しく包んでいた。そして、それはロシア全土に流れ、広大な大地を震わせた。
そして、Qはここで少し休憩を挟み、控え室から席を外して、外の空気を吸いに行った。彼女の後を追うN。NとQは外でしばし会話を挟み、二人きりになった。
N:「君と出会って、僕の人生が変わったよ」
Q:「あら、そう?」
N:「俺はロシア人で、君は日本人。始めは見えない障壁があった」
Q:「そうだね」
N:「新鮮味のない言葉では表現できないけど、あれから随分と時が経った。いつもよりマシな食事。残念の一言に尽きる思い違い(ケンカ)。ここにはまくし立てられた連絡の糸はない。誰もがそれを成し遂げたいと思っている」
Q:「それは気晴らしじみた見栄?」
その瞬間、NはQに熱いキスをした。凍えるような寒さの中での熱い接吻で、二つの唇は溶け合った。