おひさしぶりです。
2020年に、保険証を使って代替療法を受けれるようにして。様々な代替・相補・補完医療を受けられる、療院を建設するプロジェクトをたちあげました。
賛同希望される方は、どんどんコメントお待ちいています。
https://youtu.be/FT6tLaHdJOc
おひさしぶりです。
2020年に、保険証を使って代替療法を受けれるようにして。様々な代替・相補・補完医療を受けられる、療院を建設するプロジェクトをたちあげました。
賛同希望される方は、どんどんコメントお待ちいています。
https://youtu.be/FT6tLaHdJOc
ご無沙汰いたしております。その後、お変わりはないでしょうか?
私は現在、アメブロで3つのブログをたちあげ、それぞれの精神疾患のある方へ向けて、自己啓発とメンタルケアをおこなっています。
以下に、そのブログをご紹介させていただいております。
どれか、ご自分にリンクしそうなブログがありましたら、読まれてみてください。
gooブログでも、これまでのように記事掲載させていただきますので、宜しくお願いします。
皆様の回復をいつもねがっております。
応援しています!
「ことばの贈り物」
「自分らしさ」
「あなたは、ひとりじゃない」
https://ameblo.jp/hamano0708/entry-12356217779.html
皆さん、こんにちは!いつもブログご覧いただきありがとうございます。今日は、「仕事やプライベートも格段にパワーアップ!」させる、 ストックスピールにというテクニックついてお話させていただきます。 先日の❝具体化の原理❞ではありませんが、やはり新しいスキルをマスターするには、具体例を見てみるのがいいでしょう。 そこで、コールドーリーダーがよく使うストックスピールをいくつか挙げつつ、それぞれについて簡単に解説をしましょう。 別に暗記しなくても、ざっと読んで戴ければ、ストックスピールのコツのようなものが掴めてくるはずです。 【ストックスピールの具体例】 ①「小説とか絵とか、何かクリエイティブなものを作ろうとして、完成前に途中でやめてしまったものがありませんか?」 ”何かクリエイティブなもの…”というのはあいまいな表現です。いくらでも拡大解釈ができ、いろいろなものに当てはまります。「ブログを書き始めたけど挫折した」とか「部屋の模様替えをはじめたけれど、忙しくなって途中でやめた」とか、そういうことだってクリエイティブな活動といえなくもありません。 ②「プライベートの時には、仕事の時とは逆の性格が出たりしませんか?」 人はいつも同じ一面だけを出して生きているわけではありません。バランスとして、仕事の時とプライベートの時は、どんな人でも多少は違う面が出てくるに決まっています。例えば、仕事で几帳面な人ほど、自分の部屋は散らかってるなど。そういう反対の面が出てくるのは、極めて、自然なことです。 ③「自分に厳しい方ですね?」 もし相手が「いいえ、私は自分に甘いです」と答えたとしても、それ自体が自分に厳しいことの証明になります。なぜなら、自分を厳しく評価している人だけが、「私は自分に甘いんだ」と客観的に自分を見ることが出来るからですから。 ④「昔、つらい思いをしてから、恋愛とか人間関係にちょっと臆病になってるところがありませんか? 程度の差こそあれ、人間関係や恋愛でつらい思いをした経験は誰にでもある筈です。また”臆病になってる”というのも、漠然とした表現ですから、誰にでも当てはまります。そもそも、恋愛や人間関係で、まったく何も考えずにやりたい放題できる人なんて、まずいないでしょう。 ⑤「自分自身に投資をしていますね」 お金を払って占いを受けにくるような人だったら、そのこと自体が自分への投資だと言えます。悩みを克服しようとか、人間関係をよりよくしようと考える人なら、自分への投資ということを大切にしているはずです。あなただって、コールドリーディングをマスターして人生をプラスにしようと、時間とお金を投資してるでしょう? ⑥「時間が出来たらやろうと思いながら、何年もできずにいることがありますね? あなたもよくご存じの通り、「これをやるために時間を作ろう」と思わないと、なかなか新しいチャレンジといのは難しいものです。また、それほど優先順位は高くなくても、「ああいうこともやりたい」「こういうこともしてみたい」というような夢なら、誰でもひとつやふたつは持っているものです。 ⑦「ここのところ、急に連絡がこなくなった人がいますね?」 ”ここのところ”という表現はいかようにも解釈できます。ほぼ毎日、連絡をくれる恋人から、昨日は電話がなかったとすれば、「ここのところ連絡がない」と言えるし、毎年、年賀状をくれる友達から今年は年賀状がきていなかったすれば、それだってヒットしたと言えます。とても広い範囲で解釈できるので、心当たりのある方が浮かんでくる可能性は高いのです。 まだまだたくさん、挙げればきりがありません。 いかがだったでしょうか?あなたも、使えそうなオリジナルのストックスピールを、いくつか思いついたかもしれません。 要するに 『ストックスピールというものは、いわゆる❝あるあるネタ❞』のことです。それに漠然とした言葉を散りばめることで、様々なケースに当てはまるように工夫するのです。 ストックスピールをどういう目的で使うか? しかし「だから…?」とあなたは思ってるかもしれません。 「ストックスピールは確かにたくさんの人にヒットするだろうけど、それでどうしようっていうの?」-と。。。 もしあなたが、そう思ってくれたとしたら、とても嬉しいのです。なぜなら、ストックスピールそのものが問題ではなくて、”何の目的で、どういうふうにストックスピールを使うのか”ということが大切だからです。 以下のやり方は、コールドリーディングの初心者にありがちなパターンです。 「アルバムに整理せずに、放置してる写真が結構ありますね。?」 「はい!あります。」 「でしょう?」 「え~、どうして分かるんですか?」 「何となく分かっちゃったんです」 「はあ」 「…」 「…」 「それで?」 「え?それで…って?」 「アルバムに入れてない写真が確かにありますが…それが何か?」 「あ、ええっと…」 冗談ではなく、本当にこういう人が多いのです。ストックスピールがヒットしたことに満悦してしまって、そのあとが続かない。そもそも、何のためにストックスピールを使うのかという目的が欠けているから、こういうみっともないことになってしまうんです。 コールドリーディングは、いわゆる”当てモノ”でもなければ、、手品でもありません。 コールドリーディングとは、相手を信頼させ、こちらのアドバイスを聞いてもらうための手法です。 アドバイスに説得力をもたせるためのノウハウとして、カウンセリングやコーチング、仕事、恋愛、人間関係一般に応用できるのです。 コールドリーディングは、人の心を導いてあげるためのツールなのです。 ここでは、石井裕之さんのコールドリーディングを例に取り上げさせていただいてますが、このブログで皆さんに伝えたいのは「自分らしくあるために」は、そのポリシーに基づいて、人に魅力を与える「リーダー」であるべきだと思います。人を惹きつけるための言葉のマジシャンになれって言ってるんじゃありません。人との信頼関係がぎくしゃくして、孤立してしまっては「あなたらしさ」をじゅうぶんに発揮できません。 自分を持ってる人は、自分自身に確固たる誇りをもっています。孤高に全身全霊で人を導くリーダーとして活躍しています。 あなたにとっての「自分らしさ」とは何ですか? 次回は、人を導くためのテクニックとして、そのメカニズムと具体的な方法について述べようと思います。 ありがとうございます。 |
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こんにちは。しばら風邪ひいてて、ブログ更新が遅れてしまいました。申し訳ございません。
今現在、うつ病や、依存症などで闘病をされておられる方々に、生きる意味を求めていただきたくて、今日は「心」の話をします。
精神的な病というのは、一般的にはストレス耐性が低下していると起こりやすいですよね。
生まれつき、知的障害や身体障害、性同一性障害などを持っておられる方はおられますが、ストレスによって精神障害を生まれ持って抱えている人はいません。
遺伝的に、発達委障害やてんかんなどの病気をもっておられる方はいらっしゃいますが、ストレス耐性の低下によって精神疾患を抱えて生まれ来る方はいませんよね。
うつ病、統合失調症、双極性障害、不安障害、適応障害などの多くの疾患は、生後の家庭環境や、しつけ・教育などによって、こう
すれば誉められる。こうすれば叱られる。ということを学習していって、適応力を自然と身につけていきます。
しかし、子供は成長するにつれ、親以外との人間関係や幼稚園(保育園)や小学校、中学校、高校と進学が進んでいくうちに、人間関係の処世術というテクニックを学ばざるを得なくなります。
更には、家庭内に於いても親との関係が良くも悪くも深くなり、思春期を迎えた時には反抗期が訪れ、精神的自律を高めようと、子供から大人への脱皮でそのストレスが感情的に抑えられなくなり、情緒不安定になります。でもこれは精神疾患ではなく、成長の過程として多くの方が通る道ですよね。
その後、親離れしていって大学へや専門学校への進学や、社会人として就職し収入を得るようになり、同時に社会的責任も負うことになります。しかし中には、発達障害や幼少時の何らかのトラウマが原因で、反抗期がなく、その代わり、親や身近な人に対してのコンプレックスを隠したまま自分の殻に閉じ籠り、感情を素直に表現できない方もいます。
社会に出れば、多種多様な方々と仕事をしなければならないし、自分の立場、スキル、適応力というものを応用的に実践いくことになります。そこから人間関係の相性やもつれによる過度のストレスや、過重労働、労働に見合った賃金じゃない、リストラなどが原因で、精神的に耐えられなくなり、マイナスの思考に陥り退職する人や、家庭環境を無理に変えてみたり、ギャンブルによる借金をしたり、アルコールや精神科の薬物を飲んだりして精神的苦痛を紛らわせようと不健全な選択をする方もいます。
しかし、不安・焦燥感・苛立ち・落ち込み・摂食障害・胃潰瘍などの身体的な疾患・不眠・怒り・悲しみ・自己嫌悪などはエスカレートし、マイナス思考が更に輪をかけることにつながります。そしてそのような精神的苦痛を回避したいがために、無意識に結果的には自分自身や周囲も巻き込み傷つける行動をしてしまい「適応障害」に多くの方がなりえます。
様々な精神疾患の多くは、3歳くらいの幼少時から表れ、チック症やかんしゃく、言語能力の遅れなどが引き起こされます。
この症状を放置してしまうと、子供の無意識に溝の深い傷ができ、先の将来にわたって生きづらさの根本原因となります。
このような子供は対人恐怖症になりやすく、学校でイジメにあったり、知的能力は正常でも学習意欲の低下につながります。
同じような事象は、社会に出て間もないころにあらわれます。いわゆる五月病といわれるものです。
通常なら、これも一定期間が過ぎれば自然と受け入れて、適応できるようになります。
しかし、幼少時から思春期にかけて、物理的な養いだけで、しつけや誉めることを怠れば、精神的な土台が不安定になり社会不適合な人格を形成してしまいます。これが無意識に慢性化されると、ストレス耐性は弱まり、様々な精神疾患を発症する原因になります。
さて、前置きはこれくらいにして「心」の話をします。
多くの方は、人生の選択には「成功」と「失敗」しかないと考えています。
なので、失敗を恐れて自分の主体性を押し隠し、無難に成功するために持ち備えている知恵と能力を最大限に引き出そうと焦りの中で頑張ります。
しかしどうでしょうか。私はジェームス・スキナーが語っているように、人生の選択には「成功」と「失敗」ではなく、「成功」と「学び」しかないと思います。
失敗は成功の基とよく言われますが、失敗はミスではなく、成功するための「学び」だと思えばいいのです。
そうポジティブに考えることができれば、人生の選択に於いて、何か決断をするときに非常に容易くなります。
そして「決断」というものは「決めて断つ」と書くように、決めたことはやり通すんだと自分の心に何度も何度もいくつもいくつも言い聞かせ、失敗という概念を断つのです。そうすれば「決めて断つ」ことによって、選択を成功させるために自分自身の主体性を押し隠す必要もなくなります。「決めたことはやり通す。自分にできないことはない。」そう自分に言い聞かせれば、言い聞かせば言い聞かせるほど、潜在意識がそのための行動を導いてくれます。
成功者と言われる人は、失敗を恐れませんし決断力も早いです。
成功させるのに必要な人脈やお金は、向こうからやってきます。
そのためには、自分が成功させるためにしなければならないことは、成功のための設計図を書くのです。
抽象的ではなく、より具体的に書くことで、潜在能力がその設計図通りに導いてくれます。
これまで何度か申し上げたように、奇蹟はもはや奇蹟ではない。奇蹟が起こる心の準備が出来たら、奇蹟は必然的に起こります。
迷いや縋る気もちがあったら、奇蹟は起きたくても起きれないのです。必ずこうなると決意し、迷いや恐れなく心に奇蹟が入るスペースが空けば、潜在意識の力によって奇蹟という事象はおきるように、森羅万象の原理としてシステムが存在するのです。
次に今尚、回復に向かって闘病を続けている方に「心」の話をします。
まず
「回復のなかで、楽しむことについての考え方も変わっていく」
ということです。
今にして思えば、薬物を使っていたころは、楽しむことについての考え方がまともじゃありませんでした。
よれよれの服を身にまとい、深夜スナックでキープしていた酒をあおりながら、キャバクラの女性に格好つけて口説いてみたり、借金してまで通っていました。
家に独りでいることが寂しくてたまらなかった。ひとりで飲む酒はマズいが、気兼ねなく誰かと飲む酒はうまかった。それが愉快だった。でも、そのころ愉快でたまらなかったことを、今では狂気と感じます。
今は楽しむことについて考え方が変わりました。太陽が海に沈むころに浜辺を歩き、友と焚火しながら語り合ったり、なるべくおしゃれな服を着て、加齢臭がしないようにスプレーをつかったり、頭はオールバックに決め、ふろ上がりには男性用の薬用トータルケア乳液をつけたり、今まで気づきもしなかった男性用のファッション雑誌を見てみたりしています。
楽しむために不健全じゃないお金の使い方ができるようになりました。薬物を使っていたころは、とにかく薬物が欲しくて、闇金に借金してまで手に入れてました。
一日中薬物を使っていたために目はうつろで、朝7時までに居眠り運転しながら片道40分の距離の会社に通ってました。
通勤途中で追突事故を起こし、それが原因で車に乗るのが怖くなり、欠勤し始めました。
そのことがキッカケで多剤服用はエスカレートし、自分で自分が何なのか訳がわからなくなり、自ら精神病院へ入院しました。
今はすっかり断薬し、薬物に対しての渇望もなくなり、不安や抑うつなどの精神症状も治まり、いろいろなことに意欲的に活動し始めました。
近々、ホームページを作成するために、PC素人の私は、今、集中して勉強をしています。
ブログも、FC2ブログ、アメブロ、SEESAAブログ、はてなブログ、gooブログ、Yahoo!ブログ、JUGEMブログ、ライブドアブログに拡散しています。
多くの方とコミュニケーションできるように、Facebook、Twitterにも入ってます。
どうしてここまでやるのかと言えば、世間には水面下で様々な精神疾患や依存症でお悩みの方が数多くおられます。
ひとりでも多くの方に、私が克服した事実とそれを後押しした潜在能力の開化のために、克服の一助になりたいとの願いを込めて微力ながらも力になりたいと思っています。
私は敢えて、回復という言葉は使いません。克服という言葉で潜在能力にアクセスしたからです。
まだ、克服途上にある方に申し上げたいのは「自分は病気だという事実を受け入れ、克服の恵みを探し続けよう」ということです。
自分一人の意志や根性では、この依存症という病は克服できません。まずは、自分は依存症という病気なんだということを肝に銘じなければなりません。
あなたは、これまで「失敗」ではなく数多くの「学び」から得たことがありますよね。それを役立せる力は、あなたのなかに備わっています。
あなたの足を引っ張っているのは、自分は病気であるということを受け入れてないからです。自分が病気だということを受け入れれば、本能的に治さなければならないという心が働きます。
そこから、克服のために何をすべきか考えれるようになります。
そうすれば、克服の恵みを探すためのモチベーションが高まり、自らの潜在能力を活かせるチャンスが訪れます。劣等感、自己否定、自己憐憫などのネガティブなマイナス思考は消えてなくなります。克服という成功を得るために、あなたは「決断」し、そのための具体的な方法を「学び」から得たものを役立たせる時機がきます。
誤解してほしくないのは、医者から告げられた病気を受け入れろということじゃないんです。
あなた自身が、まともかまともじゃないかを客観的に捉え、病気か否かを気づかなくてはなりません。
人間、皆平等に出来ています。同じ細胞で、同じ命を持っています。
あなたも一人の人間です。他の人と違うことはありません。潜在意識に眠ったままになってるだけです。自分で自分の限界をつくる妄想は、もうやめにしましょう。
私も、あなたと同じ精神疾患で薬物依存症です。他人様と違うところは病気であるかどうか。依存症であるかどうか。それだけです。でも、ちゃんとまだ生きています。人間、死ぬまで死にません。誰もいつかは死ぬんです。同じ死ぬなら、どこまで自分らしく生きれるかチャレンジです。今すぐ歩み始めましょう!
思い立ったが吉日です!今すぐ始めましょう!
あなたの「心」は、あなたのものです。しかし、それを活かすのにはエネルギーとなるものが必要です。
車も飛行機もバイクも、燃料や電源がないと動きません。
人間も体があるだけでは生きていません。生きるためには「心」のエネルギーが必要です。
「心」も同様に、心を働かせるエネルギーが必要です。感動であったり、感謝であったり、動機付けが必要です。
それが、わたしにとっては、このジェームス・スキナーの成功の9ステップでした。
彼自身もどん底から這い上がってきた一人です。説得力があります。
今の自分に満足していないのならば、必ず彼の言葉があなたにとっての起爆剤になるでしょう。
FCブログか、seesaaブログから私の記事を検索して、そこから申し込めます。
皆さん、こんばんは(^^)/
もう2月・・・これから雪が多く降る季節になりますね。我が家では今、風邪が流行ってて、親父がもらって帰った風邪のために、
親父は咳き込み寝てるし、母親と私にも感染して、私も咳き込むようになりました。悪寒がして体がだるいです。
今日は「潜在能力 シリーズ ③ 」を書くつもりで、ビフォア&アフターをづづろうと思ってましたが、体調万全ではないため、次回につづらせていただこうと思います。
今日は、東京の友人から「お前にピッタリだ。この本を読め」と言われ、【超訳 イエスの言葉】という本を勧められたので、買ってみました。なんだ?宗教の本か?と思って(私は宗教は嫌いなので)「何がピッタリなんだ?」と思い、前書きから読んでみました。念のため言っておきますが友人もキリスト教ではない。私と同じ無神論者です。
前書きには<u>「本書は信仰の本ではない。キリスト教の本でもない。聖書を何十年かけて読んでる人ならば、そのことがすぐにわかるだろう。ただ、イエスというひとりの男が口にした言葉を書いている。もちろん、その言葉の一部はキリスト教が聖典と認める新約聖書にしるされている。ただし、本書にあるイエスの言葉は新約聖書につづられたままではない。つまり、いわゆる【超訳】されている。しかも私自身による、解釈をメインにしたという意味での超訳なのだ。」</u>と冒頭にかかれてありました。その後にも前書きは続くんですが、つまり著者が自分で解釈した言葉であって、イエスという一人の男を題材とした文章がつづられているといったことがかかれてありました。
私は書物を書くことは好きだが、読むというのは、よっぽどタイトルが衝撃的なら読むけど、そうじゃなかったらあまり読まないです。
まあ、友人がなぜお前にピッタリなのか知るために、本をもって適当にパッと開いたページにこのようなことがかかれてありました。
<u>「神とは愛のことだ。 きみたちはみな知っている。【神にだけ仕えよ】と教えられ、伝わってきた。その神とは愛のことだ。愛があるならば支配はしない。支配せずに、共に生きる。共に悲しみ、笑い、共に食べ、やさしい心で話しかける。それがすなわち、神に仕えることだ</u>」と。なるほど、私が言いたかったことをこの人は言っていると思いました。私も、とある新興宗教の専従者として仕えてた時、それを深く感じていた。神は支配しない。愛と共生を言っている。自分なりにこの言葉を考えてみました。愛ってなに?
そこから疑問視が始まる。優しさが愛?ともに分かち合って、寝食を共にし共存し合うのが愛?慈しみの心が愛?わが身を犠牲にしてでも愛すべき人を守り抜くのが愛?時に優しく時に厳しく接しあうのが愛?母性や父性が愛?いろいろ、考えてみました。結論はで出なかったけれど、無償に共生している者に仕えるのが愛なのかと、ひとくぐりの思いを解釈しました。
愛の概念ってたくさんありますよね。どれが本当の愛なのかは、きっと誰も知らない。イエスが述べてる愛の概念もそのひとつだろう。絶対愛というのはきっと誰にも分からないと思います。
私も一度は結婚し、一児のパパになったことがありました。でも離婚されて、元嫁と子供は向こうに引き取られました。子供とは月に一回、面会交流で会ってます。ひと月ごとに成長を感じされる、この思いが愛なのかなとも思います。色んな事を覚え、色んな喜びや悲しみを言う、純真な心は私の父性が守ってあげたいと思います。別れてても親と子供の絆は変わりません。逞しく、そして優しい男に育って欲しいです。今は、こうして同じ病に悩んでる方に一日も早く回復してほしいとの思いで、自分なりに回復し、精神疾患も克服した自分を客観的に見えて、周りを見る視野も広がっているのが実感としてあります。
<u>【心の病は薬じゃ治らない。未だ開化していない潜在能力を引き出すことで精神疾患は必ず克服する】
</u>ただ、これだけが言いたくて、ああでもない、こうでもないと訴え続けています。なんというか、それが回復者の使命だと思うのです。自分だけ克服したからそれでよしという訳にはいかないのです。パソコンやスマホのも向こうで、どこのどなたか分からない人に、必死に訴え続けること。いくらコメントがなかっても、こうして訴え続けることで、いつかは私の言うことに、そうだと言ってくれる日が、きっとくるだろうと願ってキーボードをたたいてます。私が皆さんのそばに行って、ひとりひとり諭すことはできません。それに、私は精神科医でもカウンセラーでもありません。精神疾患と薬物依存症から克服した、ひとりの男です。
私のことを上から目線に書いていると捉えてるかもしれませんが、それだけ必死になって訴えているだけです。一日も早く、病魔から脱し、健康を取り戻そうではありまんか。自ら行動しなければ、誰も助けちゃくれません。諦めるのはやめましょう。生きてる限り、克服できる可能性はあるのです。障害があろうとなかろうと、関係ありません。医者に勝手に病人の名称がつけられただけです。
私も、いろいろ病名はつけられています。でも、事実、こうして克服したことを断言できるくらいにまでなれたのです。
回復のためには、皆さんの中に眠ってる潜在意識を呼び起こす必要があります。それを担えるアイテムがあるのです。
成功者の言葉は生きています。皆さんの心にきっと響くと思います。立ち上がるのは今です!皆さんが心底、治りたいと思って居られてるのであれば、きっと藁をも縋る思いのはずです。自分を信じてあげましょう。皆さんの勇気ある一歩が、皆さんの克服を後押ししてくれます。医者と薬に支配された生活から出ていきましょう。潜在意識は無限大です。それに気づけば、今より必ず良くなります。
皆さんの回復の声をきかせてほしいです。それが、皆さんにとっても、わたしにとっても最高の喜びです。
水前寺清子さんが、365歩のマーチで歌ってるじゃありませんか。♪幸せは、歩いてこない
だから歩いてゆくんだね~♬って。
皆さんの回復を心から願っています。今日もアイテムのリンクを貼ります。最後までしっかり読んで、良いと思ったら使いましょう
自己啓発のアイテムは、FC2ブログ、yahooブログ、に張り付けてます。
gooブログは、張れないので・・・
おはようございます
皆さん、いかがお過ごしですか?もうあと日で、1月も終わりです。つい、こないだお正月を迎えたと思ったら、もう2月ですよ。1月は行く、2月は逃げる、3月は去るっていいますから、あっという間に時を過ごしますよね。
日々是好日。一日一日を、大切に過ごしたいものです。
昨日は、ハローワークに行ってきました。今の会社、復職できそうもないんで、次探そうと思って・・・。
かかりつけ医に書いてもらった、意見書をもって、職業相談に行きました。
適応障害で、今まで、散々仕事変わってきましたから、年齢的にもそろそろ転職は慎重にしないといけないと思って。
今までは、つい簡単に求人票を見て、自分でいいのがあったら、簡単に応募して面接受けてきましたけど、精神疾患のことは黙って受けてたもんですから、人間関係や仕事のきつさで休職し、依願退職繰り返してきましたから、またかって感じであまり危機感持ってなかったんですが、さすがに今回は最後の仕事にしようと思い、年齢的なことを考えると慎重にならなきゃなってっ危機感に迫られて、これまでのように自分で簡単に決めるのではなく、医師の所見をもって、ハローワークの方に自分に向いてそうな仕事をセレクトしてもいらい、それに従って仕事を選ぶことにしました。
私が適応障害だと知ったのは去年の8月で、当時の主治医から半端じゃない職歴の多さにビックリさせて、あなたは発達障害からくる適応障害だねって診断されてしまい、「あぁ、俺、病気だったんだ」って知ったんですよ。それまでは、意気地がないとか、すぐ飽きるとか、仕事に対する真剣さがないとか、親に責められてましたし、自分って何でこんなにも仕事続かないのかなって自己嫌悪に陥ってました。
履歴書の職歴書くところに書ききれない程、仕事変わってましたから、終いの頃には、何個か職歴嘘ついて省いて書いたりしてました。
全部書ききれない仕事は、全て自己都合で「一身上の都合により・・・」辞めてきてますから、そりゃどこの企業もこんな履歴書見せたら、絶対、不採用になると思って「公文書偽装」なのは分かっていながら、都合よく書いて、第一印象は良い方らしいんで、それで採用され、自己都合で辞めてきてました。
これまで11回、仕事変わってます。さすがにヤバイでしょ?
適応障害もあるんだろうけど、途中から薬物依存症になって、鬱状態が続くと薬を多剤服用し、自分で自分の首を絞めることを繰り返してきて、自己嫌悪に陥ってたんで、しょうもないですよね。
そんな自分に限界を感じてはいました。重複受診がバレて去年の8月に精神病院に入院し、本来なら6か月のところを、無理やり3か月で出てきて、昨年の11月16日に退院してから今日まで、5~6万くらいしかない傷病手当だけでやり過ごしてました。親には随分迷惑かけてます。2月から仕事に復帰したい意欲もありましたが、社会はそんなに甘くなく、勤務先からはまだ復職は認められない宣告を受け、あなたに対する会社としての信用は0だと人事の方から言われ、本来なら懲戒解雇に値すると総務課長に言われ、ここでの復職は無理だと判断し、退職する決心をしました。
年末年始の事件前から、ずっと潜在能力を引き出す訓練を継続し、我が家に奇蹟が起きました。「※(和解)をご参照ください」
それからというもの、親父は一切、酒飲んでも大声で喚き散らすこもなく、母親にも笑顔が戻りました。
私が44年間、願い続けてきた家庭円満が実現したのです。
今は、「本当に自分に合った仕事が見つかる」と潜在意識に言い聞かせてます。本気で「自分に合った」を強調してます。
それが実現するための準備として、退職を決めたと言い聞かせてます。潜在意識に働きかけるには、こつがあります。
まあ、ここではこつは敢えて触れないでおきましょう。とにかく、物事が自分の思うようになっていくんです。それも、導かれるように。
そして、最善の方法でその目標に向かって順序良く物事が進んでいくんです。自我がはいったら、それはやめときなさいって警鐘のメッセージが事象として起こり、インスピレーションが働きます。自力を必要としないんです。気づきとか覚りといったものが、実に洗練された事象として理解できるようになります。いわゆる、第6感といわれる感覚です。ピンとくるのです。そして正しい方向へと軌道修正されます。
経験された方は、この感覚を理解し共有できると思います。本当に不思議なことが目に見えて起こります。何かに守られている感がします。
以前、このブログでも書きましたが、私は「我の強い」人間です。生半可じゃない我の強さを備えています。物事にこだわりが強い。こうと思ったらこう。臨機応変が効かない。人の話に耳を傾けない。変な部分で頑固者です。その我の強さのために、多くのものを失ってきました。それでも、それを修正しようとしない特長があります。だから、適応障害とつけられたんでしょう。
そんな私が、潜在意識に動かされるという事象を受けいれたのは、それが一過性のものじゃなく、再現性を有してるというということでした。
ある心の法則に従えば、奇蹟といわれる事象が奇蹟じゃなくなると、身をもって体験してきたからです。
もともと依存性の強い私の心の脆さは、私を複数の宗教にはまらせました。でも私には信仰心というものがなく、探求心のみがその宗教にはまらされた理由でした。偶像的な神といわれる存在を否定していました。
だから、宗教もいくつも渡り歩いてきました。新興宗教なんてものは、結局、人・物・金の世界です。とある新興宗教の専従者までやってきた私が言うんですから。絶対帰依を求められ、全てをその神に委ね、団体の発展のために全信徒が献金を求められ、それが功徳だと教育される。
宗教のために、善の名のもとに、戦争やいさかいごとが後を絶たない。そんものには世界平和なんて望めもしない。純真な信徒の人たちは、あらゆるその神のために、救われたと勘違いして委ね続ける。自分の人生を棒に振ってまで。信仰が悪だとはいわない。でも、それを稼働させてる人たちが、洗脳されて、神格化された宗教団体の幹部どもが野心に狂い、神のまにまにと着いていく。
ひとつだけの本当の神は、自身の己の心にあることに気づいていない。システム化された現代では、それは更に見えなくなっていく。
憂いの気持ちで胸が痛みます。
天に向かって唾を吐くという言葉がありますが、これは善を前提(性善説)とした戒めの言葉で、道理にかなわないことをしたら、その行為の罪の意識が自分に振り戻ってくるということを表しているのだと思います。これは脅かしでもなんでもなく、自然の摂理だと思います。単に権力者にはむかうとわが身に返ってくるということではないと思います。
よく、悪いことをしたらバチがあたるという言葉がありますが、これも同義語だろうと思います。性善説を前提とした戒めの言葉だと解釈できると思います。神の目は誤魔化せないとか、これも同義語でしょう。脅かしでもなんでもない、自然の摂理です。
これを悪用してるのが、新興宗教です。人の弱みに付け込んで、そこから人・物・金を巻き上げる。教団はどんどん大きくなっていく。
本当の神はそんなものとはちがう。
本当の神とは、この森羅万象における、自然の法則・原理・条理といったそのものです。神に実体など存在しません。偶像崇拝は全て、絶対的な崇拝対象をシンボルにして掲げ、そこにとりあえずトップを置いて、一元化させようとする。信徒に良きことがあれば、それは○○さまのお蔭だと、恩着せがましくすり替えられ、上手うかなかったら、あなたの信仰がなってないと、これまた勘違いさせる。教義は正当なものかもしれないが、実際はそうではなかったと、後悔させられるのもしばしば聴く。いれいろイベント開いては、信徒から金を巻き上げる。教団を維持させるには、人・金・物が動かないと維持できない。世の中、知らなくていいこともある。信徒がそれでいいというんだから別にいいのではないかと思います。あとは自己責任です。ただの交流の場としている方は、それはそれでいいでしょう。
話が飛びましたね。(笑)
潜在意識についは、J・マーフィー博士をはじめ、様々な学者がそれを説いているが、その内容は実に深く、未知なるものの関心へのも高まり、完結はしてないので、あとは推察でしか表現できない。宇宙論にまで話が行くので、確かなものだと認証できない面もある。
私は事実として、精神疾患から寛解でき、薬物依存症からの回復もできたので、その事実だけ信頼できます。その切り札が、潜在能力の開化でした。事実は事実で、受け入れなければならない。23年間、もっと言えば生まれた時から、発達障害のため、昔からいじめにあったり、友人が少なかったり、登校拒否になったり、不適応な子供でした。いつも何もかもに違和感を感じて、生きづらさを感じてました。自分は他の人と何か違う。そんな疎外感にも似た感じを覚えてました。一般的な神様への畏怖の念もなく、シュールに神といわれる存在をとらえておました。
そんな私ですから、事実しか信用しない。真実は事実の両面のみにしか存在しない。だから私は初詣や厄払いはしません。でも、弔いの心はあります。感謝の念はあります。だからお墓まいりはいきます。それと神への信仰心とは別物です。崇拝はしません。あくまでも、先祖代々への弔いで拝んでいます。これはご供養のためです。先祖代々の冥福への祈りです。神様とやらに拝んでる拝んでるわけじゃありません。
潜在意識とつながれば、自分が霊的な何かに守られている感じはします。目には見えないので、誰だかわかりません。私は偶像的な神の存在は認めていませんから、一般的に神様と呼ばれる存在は認めていません。先ほど申し上げように、神とは森羅万象における、自然の法則・原理・条理といったものです。実体など存在しないと解釈していますから。古典的な無信論者です。
しかし、瀬在意識とつながると、妄想なんかではなく、自分が確かに何かに守られている。それは事実として体感しています。一過性の偶然ではなく、再現性のあるものなので、誰にでも自信をもって伝えれます。
今までこれだけ人生最低の生き方をしてきた私ですから、それを克服できたのは、まさにある原理の則って意識改革を自分の意志で行ったからでしょう。そしたら、人生観が変わりました。敵意とかわだかまりとか、一切なくなりました。偏った思考から解き放たれたのです。
客観的に自分を見えるようになりました。いままで頑なに自分以外の何かに否定し、主観的にしか物事を捉えられませんでしたが、心にゆとりが生まれたのです。私は「委ねる」ことができない人間です。自分らしさを尊厳をもって良し悪しを決めていました。
だから、いつも孤独を感じていたし、そのストレスが私を精神的な病にさせました。心開けぬ人間でしたから。
そんな私を変えたのは、今使ってる、潜在意識改革に使用している「ジェームス・スキナーの【成功の9ステップ】」というアイテムです。
私のFC2ブログに掲載してああります。FCブログにいって、わたしのブログを検索してみてください。それについてのバナーが載ってます。心底疑り深い私を変えたものです。
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30日試しても何も変わらい場合は返金もあります。安心してご利用しただけます。
薬物じゃ、精神疾患の克服は不可能です。
もしまだ、疑問点や理解できないことがあったら直接、ご相談にのります。メッセージかコメントください。
お待ちしています。