村上春樹さんが影響を受けた作家「レイモンド・カーヴァー」とアメリカ文学

村上春樹の翻訳を通じてですが、アメリカの作家さんを知りました。
それらの作家さんからアメリカ文学の歴史や背景に興味が広がりました。
特に「レイモンド・カーヴァー」に興味深々です。
村上春樹さんが「村上春樹翻訳(ほとんど)全仕事」本の中で、彼について語っている部分をまとめてみました。

そのあとは「カーヴァー」がアメリカ文学史でどのような位置にいるのか?
時代背景など簡単ですが調べてみました。
*「はじめて学ぶアメリカ文学史」ミネルヴァ書房刊より一部引用、参考にしています。
(注意)この本は2004年に発行されているので、その年代まで分かっていることが書かれています)

*長くなりましたので2Pに分けています。
時間があるときに読んでいただけると嬉しいです。

レイモンド・カーヴァーについて詳しく

1939年オレゴン州の田舎町に生まれた。
3歳の時に一家はワシントン州に引っ越す。
貧しい家庭環境のなか高校を卒業。
翌年に結婚して、その翌年の1958年にチコ州立大学に入学する。
経済的に苦しいなか勉強に励みながら、文芸誌を創刊するなど活発に文学活動を続けた。
チコ大学の創作科で作家のジョン・ガードナー(1933-82)に指導を受ける。
1960年にハンボルト州立大学に転学し、学内誌に短編小説や詩などを発表。
1963年に卒業してアイオワ州立大学大学院創作科に進むが、経済的な事情で中退する。
その後は病院の雑役夫をしたり、テキスト出版社に勤務したりして苦労をしながらも詩集を出版、「エクスワイア」誌には短編小説や詩を発表した。

*「はじめて学ぶアメリカ文学史」より引用

カーヴァーは奇をことさらてらうことなく日常生活に題材をとり、省略された簡素な文体で短篇を書くミニマリストの作家として称揚され、80年代の短編隆盛の中心的存在となった。創作科で学ぶ若い学生たちに大きな影響を与えた。

「レイモンド・カーヴァー(1939-1988)」について村上さんが語る部分

大柄だけど、おだやかでジェントル、繊細なかんじにする人。
・現代の出てきたばかりの作家。リアルタイムの作品を訳すのは、僕にとって新鮮で面白い体験だった。
・カーヴァーの詩は独特の散文スタイル。
・レイモンド・カーヴァーと出会ったのはすごくラッキーなこと。小説を書く方法を学んだ。
・彼から学んだ一番大事なことは「小説家は黙って小説を書け」ということだった。
・小説家にとって作品が全て、それが僕の規範になった。
・カーヴァーの作品にはキラリと光る、カーヴァー独自のものがある。
(*他にも記述があります)

レイモンド・カーヴァー著・村上春樹訳の本(2016年頃迄)

「僕が電話をかけている場所(短篇集)」レイモンド・カーヴァー1983年7月、中央公論社
「夜になると鮭は‥‥(短篇、詩、エッセイ)」レイモンド・カーヴァー1985年7月、中央公論社
「ささやかだけれど、役にたつこと(短篇集)」レイモンド・カーヴァー1989年4月、中央公論社
「大聖堂(短篇集)」レイモンド・カーヴァー全集3(第1回配本)1990年5月、中央公論社
「愛について語るときに我々の語ること(短篇集)」レイモンド・カーヴァー全集2(第2回配本)1990年8月、中央公論社
「頼むから静かにしてくれ(短篇集)」レイモンド・カーヴァー全集1(第3回配本)1991年2月、中央公論社
「ファイアズ(炎)(短篇、詩、エッセイ)」レイモンド・カーヴァー全集4(第4回配本)1992年9月、中央公論社
「象/滝への新しい小径(短篇集/詩集)」レイモンド・カーヴァー全集6(第5回配本)1994年3月、中央公論社
「レイモンド・カーヴァー傑作選(短篇、詩、エッセイ)」村上春樹編訳1994年12月、中央公論社
「水と水とが出会うところ/ウルトラマリン(詩集)」レイモンド・カーヴァー全集5(第6回配本)1997年9月、中央公論社
「必要になったら電話をかけて(未発表短篇集)」レイモンド・カーヴァー2000年9月、中央公論新社
「英雄を謳うまい(短篇、詩、エッセイ)」レイモンド・カーヴァー全集7(第7回配本)2002年7月、中央公論新社
「必要になったら電話をかけて(未発表短篇、インタビュー)」レイモンド・カーヴァー全集8(最終回配本)2004年7月、中央公論新社
「頼むから静かにしてくれI(短篇集)」村上春樹翻訳ライブラリー 刊行開始2006年1月、中央公論新社
「私たちの隣人、レイモンド・カーヴァー(エッセイ集)」村上春樹編訳2009年3月、中央公論新社 村上春樹 翻訳ライブラリー 
「ビギナーズ(短篇集)」レイモンド・カーヴァー 2010年3月、中央公論新社 村上春樹 翻訳ライブラリー 
*「村上春樹翻訳(ほとんど)全仕事」村上春樹著 を参考にしました。

小まとめ

1988年にレイモンド・カーヴァーは癌で亡くなった。
その知らせを聞いた村上春樹さんは「彼の作品を全部自分で訳そう」と決心し、「レイモンド・カーヴァー全集」を全巻手がけた。

彼の全作品を手がけることで責任が重いとため息をつくこともあったが、多くのことを学んで作家としての貴重な財産になったといいます。

この「村上春樹翻訳ほとんど全仕事」のまえがきで、アメリカの作家名が出てくるのはフィッツジェラルドとカーヴァーの二人。他にもレイモンド・チャンドラーなど影響を受けた作家はいたとのこと。

中でも「レイモンド・カーヴァー」は、村上さんがアメリカまで会いに行ったり今でも残念に思っている。村上春樹さんにとって特別な作家なんですね。

*ここまでお読みいただきありがとうございました。
次のページでは、ホントに簡単ですが“アメリカ文学”について調べています。