行雲流水の如くに

山中鹿之助と曽呂利新左衛門ーーどちらの生き方も有りだと思う

戦国時代の武将山中鹿之助は、毛利の軍門に下った尼子家の再興を誓った。

山の端にかかる三日月を仰いで、

「願わくば、我に七難八苦を与え給え」と祈ったという。

鹿之助の歌と言われているものがある。

憂きことのなほこの上に積もれかし限りある身の力ためさん

現役のころ、この歌が好きで、追い込まれたときなどこの歌を口ずさむと前向きになれたものである。

 

そろそろチューリップも終わり。

豊臣秀吉のお伽衆に曽呂利新左エ門という男がいた。

(講談や物語では有名だが実伝はさっぱりわからない)

頓知頓才で秀吉をやり込めたり喜ばせたりしたという。

秀吉にどうしてそんなに可愛がられるのかと聞かれて新左衛門はこう答えた。

人はただ、まめで四角で柔らかく、豆腐のように変わらぬがよし

古希を過ぎたあたりからこんな生き方も面白いと思うようになった。

 

忘れな草は今が盛り。


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コメント一覧

megii123
kenちゃん、こんばんは。
やはり若いころは「カミソリ」の方が良いと思います。
最初から茫洋としていると最後までボーつとして終わりかねないですから。
経験とか年とともに「大賢は愚なるがごとし」の意味が分かってきますね。
それにしても「かみそりken」はいいあだ名ですね。(笑い)
knsw0805
行雲さん、おはようございます。
若い時コミック「御用牙かみそり半蔵」が大好きで毎週愛読していました。あの板見半蔵の正義感溢れる姿が好きで、自分もいつしかかみそりkenと呼ばれるようになりました。しかし父がなくなり社長業になるとあまりにカミソリ過ぎるとダメなことも分かり鈍器な男も目指しました。そして今はおっしゃる「曽呂利新左エ門」の生き方も良いかなと思っていまして全く同じで共感しています。
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