最初の内は単なる「通勤電車」を描かせていた訳ですが、その内悪心が起こって「不安を煽らせたら天下一品」のデビッド・リンチ風に描かせて見た所、悪い方に素晴らしい画像が沢山採れました。彼は画家ではなく映画監督なので、画風と言うよりも映像作品のイメージで描画して来たようですが、どうにもこうにもデビッド・リンチと通勤電車の相性は悪いようです。新旧混在。以下本文。
「Comuter train in the style of David Lynch」 で最初に出て来た画像がこれ。初手からもうどうして良いか分からない絵をぶつけて来ました。真ん中の男の微妙な表情に注目。
同じ描画指示で次に心に刺さって来たのがこの画像です。檻に閉じ込められたような人物、家族でしょうか? この幸薄そうな画像のタイトルが「通勤電車」だとすると、物凄い深い意味が隠されているような気がしてなりません。
タイトルはそのままでリロードを繰り返すと、こんな画像が。全体的に紫がかって、車室から一人だけ人影が覗いている光景に背筋が凍ります。
怖い怖い! もう良い、分かった分かった、止めてくださいデビッド・リンチさん!
これもデビッド・リンチをイメージした「通勤電車」。もう批評のしようがありません。この絵が電車に見えるようであれば、或いはそれが何かにとっての幸福なのかも知れない。頭に渋が掛かりそうです。
この画像も「通勤電車」と指示して出て来たものですが、何だろうこの孤独感は。先頭に立つ蒸気機関車らしいモノが、可愛らしくそして可哀そうに見えて来る。孤独と拒絶、それが彼の世界観だとAIが言っているかのようです。
実は上の画像の「可哀そうな機関車」。このお題とは全く別の「幽霊列車展」で、「ボールドウィン社のイメージでデビッド・リンチ作」と指示して出て来た画像に偶然こんなのが出て来ました。まるで捨てられてしょんぼりしている小動物の子供を見るような超越した孤独感。もしかしたら私の知らない所でこんなプロトタイプがあって、それを知るAIが投げて寄越したのかも知れません。一体全体どこからこんなのを引っ張り出して来たか、大いに気になる所です。
次はデビッド・リンチの世界観を著名画家の画風で描かせる大喜利ですが、先ずは穏やかな画風のルノワールではどうか? 確かにタッチはルノワールですが、車室の中の婦人の笑い方は明らかに異質です。
ドガではどうだろう? 少しは怖くなくなってい…あ、やっぱり怖いや。この「じっと何かを見つめる女性」と言うモチーフをデビリン特有の表現としてAIは理解しているのではないでしょうか。
ゴヤの画風でデビッド・リンチの世界観を、ををー、これは豪快だ。煙室爆発してます。これも何か私の知らない部分でAIが認識しているデビッド・リンチらしさなのかも知れません。
シュールレアリズムのルネ・マグリットにデビッド・リンチの世界観を描いて貰いましたが描かせるんじゃなかった。遠く、遠く、凡人の理解の及ばない境地まで連れて行こうとする「通勤電車」の絵なのでしょう、きっとそうです。
「チキチキマシン猛レース」でお馴染みハンナバーベラの画風でデビリン。悲しげな前頭部の顔、線路端で休むオウムと人形、背後に立ち上がる黄色い煙、全部赤信号が灯っています。
この画像は誰の画風だと思いますか? 「通勤電車をデビッド・リンチの世界観でディズ〇ニーに描かせた」画像です。もう、誰もデビリンを停められないのか!
鼻息も荒く暴虐の限りを尽くすデビッド・リンチを止められる人が一人だけいました! スペインの画家、カミーユ・ピサロです。
どうもAIの描画動向から、ピサロとコンビを組ませた場合穏やかな良い画像を出して来るようです。反対に相性が悪いのはマグリットでしょうか。
この画像もピサロ&デビリンですが、ちょっと描いてみたくなるような造形です。後方の中ドア車は半室優等なのか、半室ビュフェなのかも。
で、後日マグロ絵化しました。正面非貫通のようですが、そこは自由にアレンジ。16m級の普通専用車と20m級の優等列車用気動車のグループといった所です。
その最終版。国鉄/JRっぽい附番をしていますが、外国の車両として見ても違和感ないように仕上げている積りです。
デビッド・リンチは孤独と拒絶の表現者。今後もAI画像に頻回に出現する予定です。
-本稿了