じゃない城(34) 風情ある城下町 龍野城

アクセス:JR姫新線 本竜野駅から徒歩20分 (*山陽本線の竜野駅と間違えないよう注意です)

皆さんこんばんは Okkapiki(おかっぴき)です。今日は兵庫県たつの市にある龍野城と背後の鶏籠山 (けいろうざん) 山頂にある龍野古城、2つのお城をご紹介します。はじまりは龍野古城で、室町時代の1499年 赤松氏により築かれました。赤松氏4代80年続きますが、1577年織田家の中国方面軍司令官 羽柴秀吉の播磨攻めにより、秀吉の軍門に下ります。豊臣政権時は 蜂須賀→福島→木下→小出と城主が交替、江戸時代に入ってからも 池田→本多→小笠原→岡部→京極と城主は激しく入れ替わり(ここまで計10家!)、寛文12年(1672年) 脇安氏入封後にようやく落ち着き、その後は脇坂氏が10代続いて明治維新を迎えました。

龍野と言えば “播磨の小京都”と呼ばれる情緒のある城下町が有名です。

そんなに観光地化されている訳でもなく、地元の人たちの日常を感じる城下町は好感が持てます。のんびり街を歩いているうちに、気が付けばお城の大手門に着きます。

城門の他は多聞櫓・隅櫓・本丸御殿があり、全て復元建造物です。

大手入口は定石通りの虎口です。江戸時代中期の平和な時代になって山から下りて来た新城なので、いくつもの門があって辿り着きにくいとかではなく、門の直ぐ近くに本丸御殿があります。

周りの自然に溶け込んだ感じの本丸御殿。

折上格(おりあげごう)天井が本格的な城主の間。

城内には、小さな歴史資料館もあります。(写真は資料館展示品)

また先ほどの大手門の前には、童謡 “赤とんぼ”の作詞で有名な童謡作家 三木露風の生家もあったりします。

城壁に沿って歩いて行くと、二重隅櫓が現れます。一重目と二重目の軒唐破風(のきからはふ)の位置を違えて装飾性を上げています。そして城内の隅櫓を背にしたあたりに、龍野古城の登城口があり、せっかくここまで来たので、登ってみました。

縄張り図。写真下部に新城、上部の鶏籠山 (けいろうざん)に古城があります。登って行くと最高所に二ノ丸があり、二ノ丸から少し下って行くと本丸に着きます。

本丸跡です。説明版によると、天正5年(1577年) 城主の赤松広英は眼下に迫る羽柴軍2万の兵を見て、一度は籠城を決意しますが、赤松家滅亡を憂う重臣の諫めにより、泣く泣く開城しました。ちなみに広英は一旦、領地を召し上げられ、その後 蜂須賀氏の与力として秀吉の天下統一に尽力、後に竹田城の城主となり、現在に残る姿に改修しました。

本丸の周りには崩れた石垣が何か所かあります。中でも、この隅石部石垣が良かったです。

古城から見る揖保川の風景 (逆に川に掛かる橋から鶏籠山を撮ったのが下の写真)。新旧2つの龍野城の他、城下には武家屋敷や藩主の庭園もあり、ゆっくりと一日楽しる城下町ですので、是非行ってみて下さい。

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揖保川に掛かる橋から見た龍野古城のある鶏籠山と麓の龍野城

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