19ヶ月目:宗教と緩和ケア、学生教育

宗教と終末期のケア

現在の勤務先は患者さんの9割が白人英国人なので、病院で出会う宗教は主にプロテスタントだ。緩和ケアに関わった患者さんで、驚くほどご本人も家族も穏やかだなという印象の人が2人いた。

ひとりは、50代のかなり進行した状況で診断された乳がんの患者さんで、まだティーンエイジャーの子どもが3人いた。私はご本人がまだ元気だった頃に病棟で担当していた。おしゃべりが大好きな人で、こどもたちのためにまだまだ長生きしたいと仰っていた。次に会ったのは病状が急激に悪化してICUに入院したときだった。よくある名前だったので、彼女の名前を緩和ケア医/ICUのリストに発見したときはまさかと思ったが、残念ながら彼女だった。緩和ケア医からの夫と子どもたちへの説明に同席させてもらった。子どもたちは驚くほど穏やかで談笑をしていて、もしかしてまだ死が理解できないんだろうかとも思ったが、どうも患者さんの夫によると信仰が関係しているようだった。「私たちは敬虔なクリスチャンで、死は肉体の死にすぎず、妻の魂はずっと私たちと共にあるのだと子どもにもしっかり教えています」と言っていた。

もうひとりは70代の乳がんの患者さんで、何十年も前に治療した乳がんの小脳転移で再発が判明した。夫とは50年も連れ添っているらしいのに、病室に行くといつも手を握り合って、一言いうごとに見つめあって、まるで新婚さんみたいだった。がんが関係あるのかは知らないが(イギリスは日本よりカウンセリングが一般的なので、がんのような大病を患ったことがカップル関係にもたらす変化へのカウンセリングも進んでいる)、教会主導のカップルカウンセリングを受けてからずっとこんな感じなのだそう。この夫婦も非常に敬虔なクリスチャンで、もちろん死は悲しいけれど我々はまた結ばれるのでそれまでの辛抱というような考えを持っている人たちだった。愛する人が死に行く中で、こういう信仰がもつ癒しの力は計り知れないなと思った。

現在の勤務先にはChaplain(聖職者)が3人いて、2人はキリスト教の牧師で、1人は仏教徒だ。

この頃はイングランドでは敬虔なキリスト教徒というのは少なく、聞かれるとクリスチャンと答えるけれども日頃は信仰心を持っていないし教会にも行かない、クリスマスやイースターのお祝いだけはする、というような人が多い。(日本で「海外で自分は無宗教だというのは危険」というような言論が流布しているけれど、イングランドに限ってはそんなことはない。これは都会・田舎や教育レベルに関わらず病院で医師/患者として会ったご高齢の患者さんを見ていてもそうだし、友達の両親の話を聞いてもそうだし、大学などで会った友達や同い年くらいの人たちに至っては殊更そうである。)

なので、Chaplainとお話ししますか?と聞くと、熱烈なYesは意外と少なく、「信仰心はないけどお話しだけならリラックスできるかも」と控えめに希望する人もいれば、信仰心が全くないのでChaplainは不要だと一蹴する人もいる。こういう信仰心が全くない人にとって強い支えとなるのが、意外にも仏教徒のChaplainだ(お坊さん、と呼ぶべきだろうか?)。リファラルを書く我々からは、このお坊さんは「無宗教枠」の存在になっている。

当院のお坊さんは坊主で強面で眼光鋭く、雰囲気はというとパブでドラッグを捌いてそうな、そういう感じだ。あんまり笑わないし同僚の牧師が放つ穏やかな雰囲気とは対照的に異彩を放っている。日本育ちが想像するお坊さんの雰囲気とはだいぶ違うかもしれない。こういう人なので、特に若年〜中年男性に大人気だ。

イギリスでは今、仏教が着実に人気を増している。大学にいた時に、私が哲学科にいるからそう感じるのかとも思っていたが(パーフィットの哲学と親和性が高いと友達が話していた)、大学の外でもこころの平穏が欲しい若い人たちの間で仏教に興味がある人がまあまあいるように感じる。友達の彼氏のイギリス人ミュージシャンもクリスチャンから改宗した仏教徒で、毎朝30分瞑想をしている。瞑想、ヨガ(は仏教じゃないと思うけど、遠くの国のmindfulnessのプラクティスという点で似ている)、など社会的に関心の高まっている・趣味とする人が多い事柄とも相性が良いのもまた、仏教への関心が高まっている一因かもしれない。

緩和ケア医によると、イングランドで少なくともその先生が会ったことのある仏教徒は、死について非常にオープンに話す・病気のかなり序盤から死を受け入れる傾向にあるのだそう。イングランドでは生まれつきの仏教徒は珍しく、多くの人が進んで改宗した仏教徒である(みんなお坊さんレベルに仏教を知っている・信仰している)というのがその理由かもしれない。

私は日本育ちながら仏教のことは全然知らないので、何か本を読もうと思いつつ5年くらい経ってしまった。あと5年くらいの間に本を読みたいと思う。何か苦しむ患者さんにかける言葉のヒントが見つかるかもしれない。それから、NHSで働き始めた年の冬のA&Eでは、仕事があまりにも辛かったので、自分にも信仰があればいいのになあと思う時が何度もあった。イギリスでは特に若い女性は、こういう心境になったとき、水晶や誕生石などのペンダントや指輪を買って慰めにすることがあるらしい。「自分にはこのお守りがあるから絶対に大丈夫」という形で自分を鼓舞したり不安を追いやったりする効果があるようだ。何か救いが欲しい時、でも既存の確立された宗教を学ぶ元気はないとき、怪しい新興宗教に連れていかれる前に皆さんも宝石屋さんに行ってほしい。

学生教育

イギリスの医学部は5年制だ。一部大学では6年制を取っており別途研究の資格を取得できるほか、編入生(一度別の学部を卒業した人たち)だと4年で医師になれるが、基本的には医学部は5年だ。

イギリスでは3年生から病院研修が始まる(日本では6年制で、5年生から)。学生がローテーションすることになっている科では、コンサルタントのほか、私のような下っ端のSHOでもインフォーマルな形で教育に関わることになる。

(もちろんフォーマルな教育への関わりもある。どの病院でもフォーマルな形での教育への参加がSHOには推奨されているので、OSCEの模擬患者・試験官をしたり、小グループを率いてBedside teachingを行ったりすることができる。その後にはフィードバックを得られるので、それを自分のポートフォリオに添付して、自分の業績とすることができる。イギリスで働き始める人で、IMTやCSTに応募する予定のある人は、積極的にやったほうがいいと思う。GPや放射線科や精神科を考えている人は不要。)

腫瘍内科には4年生の学生がたくさん回ってくるので、特に2月中旬からは、ほぼ毎日誰かの相手をしていた。午前中だけの関わりなのだが、それでも学生それぞれの個性や知識量の違いがはっきりとわかるので、思っていたより楽しく、今日の学生さんはどんな人だろうと毎日楽しみにしている。

学生は回診について回るほか、時間があれば患者さんをclerkingしてそれを私に発表し、私は以下のような採点表をつけて学生の学校にメールで送る。他には、学生が希望すれば退院時サマリーや回診カルテを書いてもらうこともある。

この採点表は、私の名前・ポジションを記載するところから始まる。丁寧な学生さんだと、名前・ポジションに加えてこのアセスメント表全体を私に口頭で確認して仕上げて、確認メールだけを私に送ってくる(アセスメントを放置されて送ってもらえない、みたいなトラブルを過去に経験したのかもしれない)。名前・ポジションだけを記載して送ってくる人もいれば、全く何も記載せず送ってくる人もいる。このへんも性格の違いが出ていて面白い。

GPへの退院時レターについては、「前にやったことがある」といってまるでFY1かのようにさっさと仕上げる人もいれば、初めてだからと3時間くらいかけても仕上げられなくて後日完成品を持ってくる人や、レターを書くのが初めてで書き出しを「いつもお世話になっております」と日本風にする人なんかがいて、それも良い。私もイギリスで働き始めた当初は「いつもお世話になっております」的な文言で手紙を始めていたので、イギリス育ちでも退院時レターを書いたことがない人は同じ間違いをするんだなと新たな発見があった(別に書いても良いけど、誰もやってないのでちょっと変わった医者だなと思われるかもしれない)。

私が業務中なのに学生が図々しく色々な質問をしてきて業務が滞ることもあったし(でも熱心なのは良いことなので喜んで教えて少し残業した;どうもこの学生は前日の学生からの前情報で、私を親切で教育熱心なSHOと思い込んでいたらしい)、逆に何を聞いても「別に」という感じでやる気のなさが行動からも雰囲気からも言葉からも溢れ出ているような学生もいた。やることないからもう好きにしていいよ、と言った場合に、喜んで病棟を去る学生もいれば、その前に…とたくさん質問をしたり患者さんのカルテを全部読み始めたりする学生もいた。腫瘍内科的救急疾患について尋ねると、すらすらと暗誦して今すぐにでもFY1として働けそうな人もいれば、うーんと悩んで全然答えられない人もいた。最初の方にあった学生は皆とても優秀だったので、イギリスの学生は質が高いなと驚いていたのだが、しばらくいろんな人に会っていると、本当に学生もいろいろだなとわかって少し安心した。

この半年くらいの新出単語

このブログは日記も兼ねているので、あとで読み返して「ああこんな表現や単語を目新しく感じていたんだなあ」と懐かしく振り返りたい。

ちなみに私はBullet Journalメソッドの大ファンで、もう5年くらいは既製品のスケジュール帳ではなくドット柄のモレスキンをスケジュール手帳として(スマホのカレンダーと並行して)使っていて、各ページの左下に線を引いて英語とイタリア語の新出語彙・表現をかくだけの欄を設けている。本気で語学を勉強している人は別途単語帳とかAnkiアプリなんかを使ったほうがいいと思うのだが、仕事の片手間にやる分には、このくらいがちょうどいいし、あえて別のノートを使わないことで振り返りも手軽なのでおすすめだ。

abut: be next to or have a common boundary with. “A pseudoaneurysm abutting nephrostomy”

Blimey!: God blinded me の略だそうで、患者さんもスタッフもびっくりした時に結構使っている。イギリス英語。私も驚いた時に咄嗟にBlimey!と言えるようになりたい。

stroppy:bad-tempered & argumentative.ストラッピーと聞こえて、話の雰囲気から言葉の意味は理解したものの「ふーんstrappyにそんな意味があるんだなあ」と思っていたらstroppyだった。イギリス英語。

cross: annoyed. “He was so cross!” これもよく聞く。イギリス英語。

specious: superficially plausible but actually wrong

test the water: to try to find out what reaction an action or idea will get before you do it.

in a pickle: in a difficult situation

wired: nervous, edge, tense

petrified: frightened

not pulling his weight

give time to compose oneself

bread & butter

no longer amenable to chemotherapy; cardiac failure not amenable to medical treatment

uncanny

life expectancy would still most likely be measured in months./ his prognosis is likley to be only measured in terms of months.

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

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