あかねいろ(58)劣等感から明るいバカへー3ー

 

 文化祭の2週間くらい後に、同じ部活で、小学校も中学校も同じだった星野が練習前にやってきて、

「俺、沙織と付き合ってるから」

 と言って、LINEと写真を見せてきた。突然のことで、なんだかよくわからなくて、LINEの画面の方はよく見れなかったけど、二人で楽しそうにピースサインをしている写真は、心にずしんときた。ちょっと待て。いつから、と聞くと、今週から、という。ということは、僕と映画を観に行って、ちょっとしてから、だ。どうやら、沙織の友達と一緒に日曜日に出かけて、その時にアプローチした、ということだった。日曜日、ということは、彼女は僕と出掛けた次の日に、星野と出掛けていることになる。いや、それは、友達と一緒、ということだから、彼女は、付き合い程度だったのかもしれない。僕の頭は、出来事と心の動きを時系列で整理しようとぐるぐるになる。

  「お前には、沙織は無理だよ。高嶺だよ」 星野はさらっと吐いて練習へ行く。

  確かに。星野とは小学校の頃からの付き合いだ。中学校の野球部も一緒だった。背が高くて、まあイケメンの彼に対して、僕は、真面目で野球もスポーツもできるけど、ずんぐりむっくりだし、楽しくないタイプだし、顔はじゃがいもだし、女子にモテないのはよくわかっているはずだ。今までだって、彼は、僕が小学校の時にバレンタインのチョコレートをある女の子からもらったら「これが人生で最初で最後かもよ」と言ってきたこともあった。

  そんなやつだから、僕は結構彼を陰湿に痛めつけてきていた。ガキ大将気質の彼を、裏から人の手を使って陥れるようなことをよくやった。学級委員の選挙では、みんなが彼に投票するように思わせて、実は全然別な人に票が集まるように仕向けたりした。まあ、僕のそういうところがもてないわけだけど。



  だから、彼は僕が沙織と付き合ったことに対して、すごく怒っていた。怒る、というのは筋違いだろうと思っていたけれど、その時は1年生で、ラグビーではかなり僕が先を行っていたので、ということもあるかもしれない。野球も勉強も、彼よりは僕の方がいつも少し上だった。でも、2年になり、彼は背が185cmを超え、体つきも確実にそれっぽくなり、ロックのレギュラーポジションも取れるかも、というところまで来ていた。そんなこともあり、ここのところは、不用意に威張ったようなところが目についた。まあ、どこにでもあるレベルのことなので、それ自体がどうのこうのはない。

  だからこそ、そんな星野に沙織を取られたことは、僕には重たい事実だった。そして、あの映画に行った日のことについての後悔が噴出してきた。劣等感と後悔で心の中が沸騰してきた。僕は後ろ姿を見せる星野に、後ろから肩を掴む。 

「どういうことだよ」

 星野はちょっとびっくりしたようだったけれど、すぐに体制を立て直す。

 「どうって、俺が沙織と付き合うことになったよ、っていう報告だよ。お前、また沙織になんかちょっかい出してたらしいけど、無理だから。ちゃんと言っておこうと思って」

 僕はおし黙る。僕は、すぐに言葉がでなくなる。そういう時は、熱くなりすぎているか、感動で泣きそうになっているか、情けなくて言葉も出なくなっているかのいずれかだ。



  その日の練習の後、僕は一人で先に帰った。急いで家に帰らな行けないから、と。いつもは星野含め、6人くらいで駅に向かっていくのだけれど、今日は星野と一緒にいたくなかった。

  電車に乗りながら、LINEを沙織にうつ。こうなってから慌ててLINEしても、それは最悪の一手だとは感じていながらも、止めることができなかった。今日星野から聞いたことを沙織に確認したい気持ちを抑えることができなかった。

  LINEは一瞬で返ってきた。そう、たったひとことだったから。

 「バカ」 

僕は、その画面を凝視する。文字通りに凝視する。

  この2文字は何を意味しているのか。僕はそれを解読しなければならない。そう思って画面を見つめている。頭の中で「バカ」という2文字がぐるぐる回る。まわっているうちに、本当にばかになりそうだった。

  スマホの画面を消してみる。消してみても、あまりにも強烈なそのカタカナ2文字は、目を閉じてもまぶたの裏に焼き付いている。



   電車が揺れている。穏やかに、秋の初めの夜に揺れている。


  まあしょうがない。考えてもしょうがないし、星野と沙織が付き合うのもしょうがない。別に誰が何か悪いことをしているわけではない。搾取や欺瞞をしているわけではない。ただただ、僕は単に、沙織を星野と取り合って負けたということだ。ただただそれだけのことで、世界中で日々行われている男女のいざこざだ。石ころのような出来事だ。不細工な石ころが、綺麗な石ころに負けて、綺麗な石ころが選ばれた、ということだ。

  いいんだ、と思う。どうせ僕はもてないよ。もてたこともない。わかってるんだそれは。それはそれで別にいんだ。星野と沙織はまあ、お似合いだよ、正直。

  でも、僕も、今までとはちょっと違うようにならないといけないと思う。劣等感で、情けない自分を肯定してはいけない。取られたなら、悔しがらないといけない。どうせ僕は不細工だから、と拗ねる自分になりたくない。

  僕はラガーマンだ。

  僕らは、バカはバカでも、明るいバカであるべきだ。それが僕らのアイデンティティだ。僕には、そこが圧倒的に欠けている。根暗で捻くれ者だ。でも、そんな僕も、脱皮をしようとしている。少なくとも、脱皮をすべきだと思えている。明るいバカになりたい、そう思えるようになっている。

  明るいバカなら、こんな時どうするか。

  きっと笑うだろう。大声で笑うだろう。でも、ここは電車の中だ。声を出すのはやめておこう。だから僕は、向かいの窓に向かって、なんとか笑おうとする。ほおをあげてみる。左の頬しか上がらないけど、口を広げてみると、目尻が少し下がる。窓には、気味悪いニヤケ顔が映っている。いやいや、本当に気味が悪い。でも、笑っている。面白い顔だ。いいじゃないか。これが僕だよ。この気味悪くニヤケているこの顔が、今の僕だよ。笑っているかどうかはわからないけど、この顔は笑える。そう、ちょっとだけ僕の周りの世界は明るくなった。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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