英検1級を圧倒したこの一冊【17】やわらかなボール | ひとときのときのひと

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外資系で英語を再開し、アラカンでも英検1級1発合格。
警備業界にいたから、この国の安全について語りたい。

そんな人間が、ためになる言葉を発信します。
だいたい毎日。



まずは英語から。

 ここでは、英検にこだわらず「ためになる英語」学習に関するる手に入りやすい本の案内として説明をしていきます。

 

 

 

 

「やわらかなボール」(上前淳一郎)です。

 

 実は、この本を読んで直接的に英語の知識が増えるわけでは決してありません。

 

 しかし、英語を「翻訳を通さず」「生で」「一次情報として」「自分の力で」読んだり聞いたりする力がいかに大切かがわかります。それがここで取り上げた理由です。

 

 この本では、戦前のテニス界において圧倒的な強者(つわもの)であったビル・チルデン選手(米国)をあと一歩のところまで追い詰めた清水善三選手の話が取り上げられています。

 

 試合途中にコートに倒れてしまった?チルデン選手に対して、決定打を打たず、ゆるい球、柔らかなボールを打ち返したがために返り討ちにあってしまい清水選手は破れてしまう。

 

 

 しかし、この話は真偽が相当怪しいにもかかわらず、戦前は1933年、「女学校教科書、『新制女子国語読本」に掲載されます。

 

 そして、この清水選手のふるまいは「神州日本男児を代表して立ってゐるのであるという事を自覚してとったこの態度には、全く敬服する外(ほか)ありません。」と続く形で生徒たちにおしつけがましいお説教を垂れています。

 

 ここまで読んだブログ読者の中には「なんだ、いい話じゃないか、敵に塩を送るとか、武士の情け、とか日本人が大事にしてきた振る舞いではないか、どこが、いけないのか」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。

 

 しかし、この話は実は誇張歪曲された話なのです。いや、「見てきたようなウソ」とまでいってもいいかもしれない。

 

 まず、映像のような客観的な証拠がありません。

 

 また、後年、真相をたずねられた清水本人が、「「もともとぼくの球はゆるいからね。そんなふうに見えることがあったかもしれない」としか言っていません。

 

 さらに、実際にこの試合をコート脇で見ていた日本人選手の熊谷が「…そんなことは無かったと思う。ポイントは必ず奪うさ。まあ、そのころはコートマナーが良かったので、あんな話が出たのだろう」と言っていたというのです。

 

 いかがでしょうか。

 

 始末の悪いことに、この「見てきたようウソの話」がその後、雪だるま式にもっと捏造や改変がひどくなっていくのです。

 

 たとえば、ある教科書では試合会場がアメリカのフォレストヒルズなのに、別の教科書ではイングランドのウインブルドンになってしまう。

 

 肝心の清水までが、それを知って、苦肉のつじつまあわせ、つなり「同じことが、二度あったんだよ」などと言ってしまう。

 

 そして、戦後においても、事の真偽を調査、確認もしないまま、再度「体育準教科書」で取り上げられます。

 

 戦前の美談をうたった教科書では武士道をベースとしていたのに対して、戦後は日本人の誇りを取り戻すという口実をもとに。

 

 要は事実などどうでもいいというやり方。そこに問題があります。また、百歩譲って本当に清水選手が「やわらかなボール」を打ったとしても、それはスポーツマンシップでもなんでもありません。

 

 引用してみます。

 

 滑ったから、倒れたから気の毒だといっていたら、相手を走り回らせるのもかわいそう、ということになり、テニスは成り立たなくなる。

 相手がコートにいるかぎり、これを打ちのめすつもりで全力で戦うことがフェアプレーである。

 

 このあたりで読者の中には、数か月前に起きたあるマンガ家がテレビドラマに自分の作品が使われるにあたって、制作側であるテレビ局や脚本家から「改変」「改悪」されてしまい、その軋轢からか、結果的に自死を選ばざるを得なかったあの事件を思い出してしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 そう、共通しているのは本来の事実とか筋はそっちのけで「物語」をでっちあげてしまい、挙句の果てには説教してしまうその悪癖なのです。

 

 まず、自分達のやりたいことが先にあって、そこに事実の確認をせず、誇張や、歪曲をもって自分勝手に「こしらえてしまう」。

 

 実はこの手の話は、他にもあるのです。この国には。

 

 たとえば、「女王陛下のフィンガーボール」の話です。

 

 客人が食後に手を洗う水の入った鉢を見て、その意味を知らず水を飲んでしまったら、恥をかかせまいと女王陛下も同じように飲み干してことなきを得たという話。

 

 あれも、信ぴょう性は非常に低い話なのです。この清水選手に「やわらかなボール」のように。

 

 にもかかわらず、そんな「改変」「改悪」が含まれているかもしれない海外の話を無邪気に受け入れて、「いい話」として仰ぎ見てしまう、日本人の生き方。

 

 しかし、いまはこのような混迷地の底から、なんとか抜け出していくこと。その大切さがもっと強く認識されるべきときなのではないでしょうか。

 

 たとえば、BBCとかCNNといった外国語の報道につき日本のメディアで取り上げるときも、字幕で正確に伝えられていないことがままあります。

 

 重要な部分をカットしたがために、原文とかなり様相が違って聞こえる。といったことが起きているのです。

 

 作為や悪意があるとまではいいませんが、そんな世界にいつまでも安住している手はないでしょう。やはり、英語は使えるようにしておいたほうが、「身のため」なのです。

 

 へんな都市伝説に踊らされて自分を見失わないためにも。

 

 以上、英語の参考書には載っていないかもしれませんが、あなたの英語学習の参考になれば幸いに思います。