6日目 クンユアム 日本人と縁のある街

(タイ)

今日はさらに北上をしてメーサリアンからクンユアムというメーサリアンよりもさらに田舎っぽそうな街に行く。
昨日に宿のお姉さんにバスは14時発と聞いたのでバス停に向かう。

バス停までは徒歩3キロの距離、宿の人にタクシーを呼んでもらおうか迷ったが時間はまだあるし歩いていくことにした。
昨日から気づいていたがこの街にはタクシーもバイクタクシーも普通に見かける範囲にはいない。
それなりの規模の町にはバイクタクシーの人が随所に待機しており交渉をして乗れる。
が、この街には普段別の町では容易に見かけるバイクタクシーの人らが全くいない。
さらには配車アプリのGRABも使えず試しに使ってみたが対象地域外ということでエラーが出る。
これらの不便はこの先しばらく続く。

歩いてるとだんだん人の気配もない山道になってきて歩くのが嫌になってきた。

それでも何とかバス停に到着しチケットを買う。
周囲には飲み物や食べ物を販売してるところが一切ない。

おなかをすかせてバスを待っているとおばちゃんがバイクでバス停に乗り付けてきて食べ物なんかを売り出した。
僕は一袋10バーツの揚げパンみたいなのを買うためおばちゃんに20バーツを差し出した。
10バーツのお釣りをもらえると思ったがもう1袋追加で渡された。
お釣りの10バーツをもらうよりもう1つ買えってことだ、僕は黙ってもう1袋を受け取った。

やがてやってきたバスに乗り込んだ、今日もひどい山道だが今日はソンテウでもなく順調に進み1時間半ほどでクンユアムの町に到着。車酔いする前に着いてよかった。

何もなければだれもいないそんなバスターミナルに張り出された時刻表をチェックする。
明日移動する町へのバスは8時半出発のようだ。
明日の分のバスチケットも買っておきたかったがどうもチケット窓口が15時で閉まったようでとにかく明日またここに来るしかない。

僕がこの街に立ち寄ったたった1つの目的がここ…。500メートルを歩く。

見てのとおりタイと日本との友好記念館である。

建物は何となく和風なような、そうでもないようなという印象で入場料は100バーツ。
入館するとまず10分程度の簡単な映像を見せられる。
このクンユアムの町がミャンマーに近いこともあり日本軍にとって重要な拠点になってたようで当時は多くの日本人がクンユアムの町にいて地元のタイ人とも打ち解けて仲良くしてたといった内容だったと思う。

館内には当時使われてた日本のものや解説のボードがあり大変勉強になる内容だったがこの日記を書いてる時点ですでに内容を忘れてしまっている。

銃も展示されてたので試しに持ってみるが思ったより全然軽い。

当時の模型も展示されていて館内は実に面白く有意義にみられたし僕以外は誰ひとりとして客がいなかったのもよかった。

外の敷地にはこの地で犠牲になった日本人の慰霊碑があった。
静かに手を合わせて僕はこの街に立ち寄った目的を早々に達成したのだった。

友好記念館を後にして徒歩で宿に向かう、森の中にたたずむような雰囲気の宿だった。
静かな感じで落ち着けそうだ。

部屋も結構綺麗だったがトイレの便器にアシダカグモみたいな大型のクモが張り付いてさすがに驚いて声が出そうになるほどだった。
トイレの水を流すも水流に逆らってクモが便器を這い上がってこようとする。
僕はもう必死で水を流し続けて何とか最終的にはクモに押し勝った。

そのあとプラプラと街歩きをしてみるがとにかく何もない町だ。
ただこんな田舎町でもセブンイレブンはある。
タイはとにかくあちこちにセブンイレブンがある、田舎だろうが島だろうが1軒はセブンイレブンがあってくれる。
コンビニがあるだけで酒や食料の調達など便利さがけた違いに変わる。

道を歩いてると制服姿のりりしい顔をした少年が店番をしてるフライドチキンの店を見つけたので購入。
タイではたびたび子供が家の手伝いとして真面目に働いてるのを目にする。
この街は夜に酒を楽しめそうなバーなどもなさそうなので、食料と酒を調達して宿で今夜はビール飲み。

揚げパンと

串焼きの店で何本かをチョイス。

宿への帰り道に綺麗な寺にも立ち寄る。ここにも亡くなった日本兵が眠ってるらしいが
境内をうろつく獰猛そうな犬を見かけ触らぬ犬に祟りなしと感じ、早々に寺を後にした。

今夜もいい夜になりそうだ。

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