アパホテル社長の人生

47歳の時、夫の経営する事業のひとつ、ホテル部門を任され社長に就任
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事業規模はまだ小さく、赤字スレスレ
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石川県の小さなホテルを会場にした社長就任式で声高らかに宣言、
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「私はホテル業界のジャンヌ・ダルクになります!」
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拍手もなく会場はシーン…しらけムードに…

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それでも臆することなく、責務を全うすることを誓う
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「せっかくもらったチャンス、絶対にものにする!」
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ホテルの存在を知ってもらうために、自分には何ができるのか
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ひたすら考え、悩み抜く
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そこでとった戦略が、”自分自身が広告塔となる” こと
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当時、海外では経営者が自分の顔を新聞などに大きく出し、会社のことを語るのは当たり前のことだった
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その透明性の高いスタイルを取り入れ実践しよう!
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1994年、派手な衣装を着てほほ笑む広告を出す

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日経新聞の一面や電車の中づり広告、ビル看板まで一気にジャック
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ある大学の教授からは「公共の福祉に反する」とまで言われる
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とにかくたくさんのクレームが殺到
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しかしこの反応は想定内で狙い通り
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「私が社長です」のキャッチコピーは瞬く間に広がり、
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メディアにも大量露出することで、ホテルの知名度は一気に上がる
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それでもホテルに直接届いた誹謗中傷のクレームの手紙は数えきれないほど
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その一通一通に自ら目を通し、すべての手紙に返信
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ホテルの “無料宿泊券” を同封し、文末にはこんな言葉を添えた、
「ご意見ありがとうございます、よろしければぜひ私に会いに来てください、そうしたら、きっと好きになっていただけると思います」と
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一度でもお越しいただき会っていただければ、ホテルのことも自分のことも好きになっていただける
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その自信があったからこその行動だった
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石川県金沢の小さなホテルから始まった事業は、現在421ホテル、69,433室、年間宿泊数は約1,252万名という国内最大級のホテルチェーンとなった。

「逆風でもいいから風が吹けば、ジグザグしながらも前に進める。人生は、追い風でも逆風でも上手く操舵していけばいい」そう語るのが、

アパホテル株式会社
取締役社長 元谷 芙美子さん!