アップルケーキ
千治もやけど、なんか自分もおかしい気がする……。
第三十五話 誕生日パーティー
12月20日
その日はあっという間にやってきた。
待っている間はとても長く感じていたのに、不思議だ。
美樹は、美華の家の前までやってきて、ドキドキと期待で高鳴る心臓を耳で感じていた。こいできた自転車を、カーポート下にとめて、ゆっくりと玄関先まで歩く。
そして、耳から聞こえる心臓の音を、深呼吸でいったん静めて、インターフォンを鳴らした。
数秒待つと、扉の向こうからバタバタと複数の足音が近づいてくるのがわかった。
――ガチャ
「いらっしゃい、美樹」
「あれ?美華だけ?」
「ふふ、そうやで」
複数だと思っていたのに、なぜか出迎えてくれたのは美華だけだった。
てっきり、希恵とあやと3人で出迎えてくれると、当然のように思っていたので驚いた。それを当たり前に考えている自分がいることにも、同時に驚いて、嬉しくも感じる。
そんなことを思いながら、美樹は美華に案内されて、リビングへと向かう。リビングは、サプライズのために照明が消されているのが分かった。
そして、美華に一度目線を合わせて頷き、リビングの扉をゆっくりと開いた。
――パン!
甲高く何かがはじける音が複数回響く。
大きな音に少しびっくりして目を瞑っている隙に、部屋の照明がついて、美樹をあたたかく迎えてくれた。
「せーの、美樹!お誕生日おめでとう!」
そこにいたのは、クラッカーをもった希恵、あや、美華の両親、そして千治だ。
「ありがとう」
あたたかな出迎えに、涙腺が緩む。
「あ、あれ?!」
「あんまり驚いてへん!?」
そういえば、もともとの計画では、美華の家に遊びに来た美樹をサプライズで出迎えるという作戦だったはずだ。美樹は、少し申し訳ない気持ちになりながら、苦笑した。
「ごめん、実は知っててん」
「え、えー?!」
「美華!どういうことやねん!」
「あはは、実は結構前にバレてしもて……」
「美華の裏切り者ー!」
サプライズ成功とならず、希恵とあやはがっくりと肩を落とした。
「で、でも、クラッカーで出迎えとかびっくりしたし!すごい嬉しい!!ありがとうな!」
「美樹~!」
「ほんまにおめでとう~!」
「なんでもう泣いてんの」
美樹がなんとかフォローしようと二人に声をかけると、美樹より先に泣いていた。
つられて、先ほど緩んだ涙腺から、ぽろっと涙がこぼれる。
「ほらほら、まだ始まったばかりなんだから」
「そうだぞ、今からそんなんだと1日身がもたないよ」
美華の両親が微笑ましく見守りながら、パーティーを始めるよう促す。
美樹たちは涙をぐいっと拭って、リビングのソファへと向かった。
リビングには、3人掛けのソファとテーブルのほかに、4人掛けのダイニングテーブルもあり、それぞれに料理やスイーツが置いてあった。また、部屋の窓や天井にはカラフルな色紙などで飾り付けがされていて、隅には、小さめのクリスマスツリーと、その下にプレゼントらしき箱や袋もあった。まるで早めのクリスマスパーティーだ。
美華の両親は、軽く言葉を交わすと、「ごゆっくり」と言ってリビングを後にした。
「じゃぁ、まずは乾杯やね!」
希恵がそう言って、プラスチックのシャンパングラスに、ジンジャーエールを注いでいく。それがみんなの手元に行きわたるのを確認すると、大きく咳払いをした。大人の真似をしているようで面白い。
「えー、では、みなさんお忙しい中お集りいただき、ありがとうございます」
「ふふ、誰の真似?校長先生?」
「ドラマ!こんな感じのシーンって、こういうの言うやん」
「こういうの長くなるイメージ……。希恵、短くしてな!1分以内!はい、スタート!」
希恵は、照れながらむっとしたが、美華のカウントダウンが始まると、慌ててしゃべりだした。
「えー、いろいろあって、美樹にはつらい思いさせてごめんな。それから、今更かもやけど中学で出会ってくれてありがとう!美樹、ほんまにお誕生日おめでとう!!」
「かんぱーい!」
「あやちゃん、取らんといてよ~!かんぱーい!」
その掛け声とともに、グラスをこつんっと合わせた。
それからは、用意された料理を食べ、スイーツを食べ、しきりに謝る希恵にどうしたものかと頭を悩ませた。そして、あの屋上での出来事の前に、美華たちが頑張ってクラス中を説得しに回っていたことを知った。
「そんなことしてたんや、何にも知らんかった」
「だって、秘密裏に作戦実行!って感じやったしな」
「そうそう、敵に潜入捜査してっていうハラハラドキドキの体験やったわ」
「なんか意外と楽しそうやな」
美樹に気を遣わせないために、笑い話にしてくれていることが分かる。けれど、わざわざそれを口に出さず、その優しさを受け入れた。もう終わったことなのだから。
「てか、この作戦は、千治くんのおかげで成功したようなもんやし」
「そうなん?」
美華の家に来てから、あまり会話に参加してこようとしない千治に、全員が注目した。
「いやいや、俺は何もしてないよ」
「千治くんがこっちの味方してくれたおかげで、黙ってるしかなかった皆が動けたんやし。千治くんのおかげやで」
「そうそう、それに、最終的にあの作戦思いついたのも、指示出したのも千治くんやし」
希恵とあやが、千治がいかに美樹を助けるために尽力したかを熱弁し始める。
「説得まわるのも手伝ってくれたし」
「麻友ちゃんを敵陣に送り込んだのも」
「そのあと屋上でどんなふうにするのかとか」
「あの手この手って感じやったよな!」
「へ、へぇ、そうやったんや」
あの日のことは、千治はあまり何も言わないから、知らないことばかりだった。
前なら、「俺のおかげだから」と言ってきているはずだ。それなのに、最近の千治は様子がおかしい。
美樹は、何も話さない千治をちらっとみる。
すると、ばちりと視線が重なった。思わず視線を逸らす。
びっくりした!
急に視線が合うから、焦った!!
心臓が鼓膜に響いてうるさい。
千治もやけど、なんか自分もおかしい気がする……。
仲直りできたと思ってたんやけどな……。
二人の間に気まずい空気が流れる。
それを察してか、美華がこほんと咳払いをした。
「えーではでは、ここで本日のメインイベント」
美華がそう言っているそばで希恵とあやは「そんなんあったっけ?」となっている。
「誕生日プレゼント譲渡会を開催いたします!」
みんなそれぞれ顔を見合わせ、首を傾げた。
「なんやそれ、初耳なんやけど」
「今思いついたから、当たり前やん」
みんなの声を代表して希恵が質問したが、思いつきとわかり一同ため息をついた。
「こういうのって、もうちょっとこう、ムード?的なのがあるやん……」
「まぁまぁ、どうせ渡すんやし!」
「そうやけど……」
あまり納得していない希恵をよそに、美華はさっさとプレゼントをもってきて、美樹の前に行く。
「はい、誕生日おめでとう、美樹」
「あ、ありがとう」
突然の展開に戸惑いながらも、美華からプレゼントを受け取る。
すると、そのまま美樹の肩に手を回し抱きついてきた。普段、そんなことをしないので驚きつつ、美樹も左手でプレゼントを持ち、右手を美華の背中にまわす。
「東宮くんと何があったか知らんけど、はよ仲直りしぃや」
「……!!」
美華は小さく呟くと体をはなして、あとは美樹に微笑むだけだった。
美華……気ぃつかってくれたんや……。
嬉しいな……。
美華はいつでも、こうやって、知らないうちに助けてくれてるな……。ほんまにありがとう。
美樹は、美華に微笑み返し、ぎゅっとプレゼントを抱きしめた。
なんだか千治が出しゃばってこないのが不思議です。いつもなら、もっとグイグイくるのに…と書いてて私も思いました(笑) その代わり、美華が普段以上に頑張ってくれた気がします
<<Back Next>>