日本百名城の旅

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日本百名城の旅
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日本の城郭と戦国武将が大好きです! バイクで日本一周を達成しましたので、今度は100名城登城にチャレンジです。
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  • 歴史 (100%) - 4 / 448人中
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※最新の記事

  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その26
    『実家に帰される於長』秀吉と秀次が争う。仮にそういう事態になったとして、どちらの味方をするのがいいのか。答えは、ひとつです。秀吉だ。秀次だと答える者はいない。誓06月23日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その25
    『於長の不幸の始まり』前野長重と於長の結婚生活が幸せだったのは、お拾が生まれるまでの2年4ヵ月に過ぎず、お拾いが生まれてからはむしろ不安におののく毎日であったで06月21日 06時00分
  • SMARTいじり その1
    『SMARTクンをクリマらしく』SMARTクンがわが家にやってきて3週間がたちました。プリウスを近くの駐車場に追い出し、ゲタ代わりのSMARTクンが自宅駐車場に鎮座しています06月19日 06時00分
  • 『女城主・井伊直虎』 その22
    『武田氏の駿河攻略』武田信玄は永禄11年(1568年)12月6日、駿河攻略を果たすため甲府を出発した。但馬守は井伊谷の城代として栄達にひたる余裕もなく氏真に駿府06月18日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その24
    『古参の家来』木村重茲は江州駆付衆、秀吉が長浜に城を持ったとき以来の古参の家来で、詰問はどれも噂の類。そんなことを問題にされるのは心外だと反駁した。石田三成(106月16日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その23
    『こわっぱ役人・三成の詰問』毛利輝元は「関白殿下から金子を拝借したおり、御家来衆から誓書を出してもらいたいと言われました」秀吉は目をむいていう。「そこもとも差し06月15日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その22
    『大義名分』秀次は関白の座を降りようとしない。秀吉はしびれを切らして次から次へと嫌がらせの攻勢をかけてくる。聚楽第を秀次に譲った秀吉は、伏見に隠居所を縄張りした06月14日 06時00分
  • 高宕山自然動物園
    『サルだけの動物園』昭和31年に国の天然記念物に指定された「高宕山ニホンザル」、いくつかの群れのうち一群れの餌付けに成功して、現在一般公開しています。しかし、今年06月12日 06時00分
  • 『女城主・井伊直虎』 その21
    『龍潭寺』ドラマの方は迷走していますので、井伊谷観光を続けてみたいと思います。龍潭寺は井伊家の菩提寺で、直虎はこの寺に出家して次郎法師と名乗っていました。寺には06月11日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その21
    『秀次では勝てません』秀吉は天正12年3月から尾州で徳川家康と対峙する。そのとき、摂津から美濃大垣へと移った池田信輝が秀吉にこう進言する。「徳川勢は過半が小牧山06月10日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その20
    『邪魔になってきた秀次』前野長康は老骨に鞭打って朝鮮に出兵していたが、休戦の話が持ち上がり多くの武将とともに長康も帰国した。豊臣秀次(1568−1595年)その06月09日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その19
    『秀頼生まれる』秀吉は、もう子ができることはあるまい。そう思って養子を迎えたら思いがけなく男子が生まれ、跡継ぎをどうするかで揉めるという事例はこの時代も、以前も06月08日 08時58分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その18
    『小太郎、秀次に仕える』秀吉が朝鮮遠征を進めているとき、前野長康は秀吉からこういわれた。「小太郎を余に寄越さぬか」小太郎は嫡男である。長康は首を傾げて聞いた。「06月07日 06時00分
  • 東京から一番近い棚田
    『大山千枚田』大山千枚田は、房総半島のほぼ真ん中にあり、東京から一番近い棚田として知られています。千葉の南に位置すると思っていましたが、現地案内板にそう書いてあ06月05日 06時00分
  • 『女城主・井伊直虎』 その20
    『井殿の塚・井伊氏居館跡』ドラマの方は停滞していますので、今後、このような時には直虎とその一族が生きた時代と触れ合う旅に出てみたいと思います。井殿の塚は、直虎の06月04日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その17
    『朝鮮遠征』朝鮮は日本が天下を統一しようがしまいが、朝鮮にとってはどうでもいいことである。秀吉は対馬の宋氏の尻を叩いたので、朝鮮から祝賀の正使・副使がやってきた06月03日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その16
    『秀吉の天下統一』秀吉の側室淀殿が秀吉待望の鶴丸を生んだのは2年前、天正17年5月のことで、秀吉は浮かれ、そのときもまだ秀吉に屈しないでいた小田原の北条氏攻めを06月02日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その15
    『ガラシャの娘は器量よし』京に戻ると長康はすぐ、小太郎を伴って聚楽第に参上し、秀吉に面会を求め、無事祝言を挙げることができましたといってこう謝辞を述べた。細川忠06月01日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その14
    『出石城では祝言だけ』出石は代々守護大名・山名氏の支配下にあった当時でも古い城下町であった。秀吉が播州を制圧すると、弟の秀長がそのあとすぐに南から但州に攻め入り05月31日 06時00分
  • smartがやってきた
    『smart fortwo』久しぶりに夕日の写真でもと、いつも海浜公園にやってきましたが、川崎側の雲が厚く夕日の写真になりませんでした。それならと、先週納車された高年齢車sm05月29日 06時00分
  • 『女城主・井伊直虎』 その19
    『井伊谷』ドラマの方は停滞していますので、今後、このような時には直虎とその一族が生きた時代と触れ合う旅に出てみたいと思います。なお、井伊一族については、古文書な05月28日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その13
    『ガラシャの娘・於長の縁談』2年後に、前野長康はまたまた聚楽第普請の創建奉行に任じられた。その時も長康は利休と幽斎に協力要請した。出石城ほぼ丸3年、そうやって顔05月27日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その12
    『秀吉の大坂城』秀吉は、その後の鳥取城攻めでも同じく大規模土木工事を行って城を攻め落とす。備中高松城攻めはそれらの大規模土木工事の集大成のような大規模工事による05月26日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その11
    『秀吉の台頭』Sa-ko嬢とのお別れに、時間をとってしまいましたので、「ガラシャさんの娘」おろそかになってしまいました。先に進めたいと思います。石山は信長の相続人を05月25日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その9
    『元気に過ごせた8歳と9歳』sa-ko嬢は、6歳、7歳に病院通いが続きましたが、症状が安定し元気に過ごすことができました。2016年の年明けは、サッカーから始まりま05月23日 06時00分
  • 『女城主・井伊直虎』 その18
    『直親には子供がふたりいた』「寛政重修諸家譜」では、直親(亀之丞)の子供は2人になっていて「女子」と「直政」とある。女子は直政より先にあって、「母は某。家臣川手05月21日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その8
    『すっかり元気になった2015年』長かったsa-ko嬢の病闘も2015年には、sa-ko嬢の勝利となり元気な一年を送ることができました。お正月ですよ「お年玉は?」201505月19日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その7
    『病気と闘った2013、2014年』sa-ko嬢は2013年から2014年の前半まで、左目の病気と闘い完治することはありませんでしたが、症状が安定し元気に過ごせるよ05月17日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その6
    『イベントが不作の一年』2012年はイベントが不作の一年で、正月の記念写真もありませんでした。sa-ko嬢が、この年にはまったたのが「おがくず遊び」です。他の誰もが05月15日 06時00分
  • 『女城主・井伊直虎』 その17
    『川名のひよんどり』直虎が鐘を寄贈した川名の福満寺の「ひよんどり」は、「火踊り祭り」がなまって「ひよんどり」になったといわれます。五穀豊穣、子孫繁栄、皆の健康を05月14日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その5
    『愛娘との別れ』2011年の正月は、わたしが新年の挨拶を勤めました。ん、緊張ぎみですね。2011年1月1日わたしは鬼はにあわないです。2月1日天気が良いので、お05月13日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その4
    『楽しんだ2010年』子ども成人し、また自分の時間を楽しむsa-ko嬢の年となった2010年。pigletカレンダーから、この年は明けました。夫婦二人で赤塚公園に散歩にい05月12日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その3
    『とーちゃんが引率で、近くの公園に』生後2ヵ月のsa-ko嬢の娘たち、sa-ko嬢ににて耳が長いです。2009年1月1日piglet父さん引率で、公園レビューです。2009年205月10日 06時00分
  • 『女城主・井伊直虎』 その17
    『但馬城代の井伊谷城は』但馬守が井伊谷城代になったとき、直虎に従っていた家臣たちはどうなったのでしょう。それを語る何の記録もありません。祝田衆、都田上下給人衆な05月07日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その2
    『幸せ絶唱期のsa-ko嬢』sa-ko嬢は2007年8月31日に、生後1ヵ月半で埼玉のペットショップからわが家にやってきました。当時の写真は殆ど残っていません。英知な目を05月04日 06時00分
  • 「10歳を目の前にして」 その1
    『sa-ko嬢が月に帰りました』10歳まであと3ヵ月だったsa-ko嬢が、5月1日1時30分に月に帰ってしまいました。この時間、起きていたのはpigletとわたし。ふたりでsa-k05月02日 06時00分
  • 「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その10
    『石山本願寺の跡に』翌日の3日、光秀から藤孝のもとに使者があって、味方するようにという。もちろん断ったが、こういう使者が来るのを予期しての、一足早い、いわば忠誠05月01日 06時00分