活かして生きる 〜山里の寺便り〜

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1711323
サイト名称
活かして生きる 〜山里の寺便り〜
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http://blog.goo.ne.jp/cotou
紹介文
娑婆世界を生きる智慧~おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと
カテゴリ
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※最新の記事

  • 道について考える3
    悪あればこそ善は善として使命し、醜あればこそ美は美として生命するのです。 悪を浄化して心用の悪とし、必然悪として生(活)かすのです。 悪は悪にのみ働きかけ得るのです。 善に向って働き掛けても善はビクともしないのです。 ビクつき悪に引き込まれ…04月22日 00時00分
  • 道について考える2
    動かざる善は善ではなく、進展せぬ真は真ではないのです。 色眼鏡で見るから違ったことに見えるのです。 智の中に悪を取り入れるゆとりの出来ないようでは「誠道」は成就出来ません。 智の中にはすべてを取り入れて理解できるようになっているのです。 愛…04月21日 00時00分
  • 道について考える1
    貴方は貴方の足許から出発しなければならないのです。 それより他に「道」はないのです。 何事も一段ずつ一歩ずつ進まなければならないのです。 もし行き詰まったら間違った「道」を歩いているのです。 省みると「道」見出し、悟ると「道」がわかり、改め…04月20日 00時00分
  • 自己を忘ずる時とは2
    「貧賤(ひんせん)に素しては貧賤を行う、富貴(ふうき)に素しては 富貴を行なう」というお言葉があります。 「素」は「しろい」という字で単純に成るという意味を持っています。 これで世の中は治まるのです。 乞食も天真に成れば大きな乞食です。 大…04月19日 00時00分
  • 自己を忘ずる時とは1
    「自己を忘ずる時」とは、人が人に成った時、自分が「本当の自分に目醒めた時」です。 その人を「仏」といっています。 「仏」は一切のものという意味で、時間にも空間にも左右されません。 ですから、「無始であり、無終であり、無量であり、無辺」なので…04月18日 00時00分
  • 分からないということ、分かるということ(まとめ)2
    私たち衆生の本来の日常生活というのは、「いつどこで何をしていても ものと一つに成っている」のです。 ? ですから、「道」も無ければ「法」も無い世界、いわゆる「今」という時です。 「今の事実」です。 その、「今」という 「時間も場所も距離も無…04月17日 00時00分
  • 分からないということ、分かるということ(まとめ)1
    「分からないということ」について、 「このことは分かるけれども、このことは分からない」とか、 「このことは半分分かる、このことは全て分かる」というような分かり方 というものは本当ではありません。 「道(法)を求める私たち衆生の心得」は、「全…04月16日 00時00分
  • 分かるということ(空について)10
    「道(法)」というものは、分かれば尊いというものではありません。 「分かったことが有(在)る人」は「分かったこと」をいつまでも持っていては いけないのです。捨てないといけないのです。 「私は修行して道(法)が分かり、道(法)を捨てました」と…04月15日 00時00分
  • 分かるということ(分かる自分)9
    自分の考えを用いて、知識として物事が分かると、「分かったものと分かった自分」 とに、二つに分かれてしまいます。 そこで、自分の考えを用いないで「分かる自分を見極める修行」が必要になって来るのです。 私たち衆生は「考えるという癖(習慣)」が付…04月14日 00時00分
  • 分かるということ(現代の様子)8
    私たち衆生が常々「分かるとか分からない」とかいっている世界は「ものの本質」 ではありません。 「認識の世界、意識の世界、次元」でのことです。 別の言い方をすれば、「過去の次元のこと」です。 本来「過去と未来を分け隔てている今とは何かというこ…04月13日 00時00分
  • 分かるということ(空とは)7
    「色受想行識」は「縁」に応じて一瞬で起きるのです。 これが「縁に触れる」ということです。 「自己の正体」を見極めれば、元より「色受想行識」というようなものがある訳ではなく 「只その縁に成る」ということがあるだけなのです。 ですから、「ものの…04月12日 00時00分
  • 分かるということ(摂めるとは)6
    「縁と一つに成る」というと、「怒りが出れば怒りのまま怒っていても善いではないか」 という人が出て来るかもしれませんが、そういうことではありません。 「縁と一つに成る」とは、特別に怒りをどうするということではないのです。 「怒りは怒りに因って…04月11日 00時00分
  • 分かるということ(真実とは)5
    「此の物(私たち衆生)」は「事実、今の事実」をそのまま受け入れているかのごとくに 思っていますが、実はそれは「事実、今の事実」ではなく「色受想行識」の作用に因って 覆い隠されているのです。 全ては「縁」に因って「突然(知らず識らず)」に起こ…04月10日 00時00分
  • 分かるということ(真実とは)4
    「花の存在を認識する」以前に「花と此の物(自分自身)が必ず一体に成った事実」 があるということを理解していただきたいのです。 此の事を私はいつも「今の事実」と呼んでいます。 此の物(私たち衆生)は「色受想行識という働きに因って、認識した花(…04月09日 00時00分
  • 分かるということ(色受想行識)3
    「此の物(私たち衆生)」は、例えば分けていうと、「肉体と精神」ということです。 この機能の働きに因って、「此の物(私たち衆生)」の中に受け込む作用があります。 その働きを受けるものが「色受想行識(しきじゅそうぎょうしき)」です。 一、「色」…04月08日 00時00分
  • 分かるということ(道とは)2
    「花を見て花を見ず」という教えがあります。 説明を加えると、ここに花が在るとします。 花は花を見た瞬間には花でも何でもありません。 花は見えませんし、色も分かりませんし、自分の好みに合う合わないという 感情も何も最初は起きません。 ほんのわ…04月07日 00時00分
  • 分かるということ(道とは)1
    「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)」というおシャカ様の お言葉があります。 私たち衆生は一人一人「差異ある存在」です。 私たち衆生は一人一人は、他と比較することが出来ない、かけがえのない 唯一人の存在です。 本当に自分の…04月06日 00時00分
  • 分からないということ(人の考え)5
    分からないなら、分からないままに、分からないことに一切手を加えないことが 大切です。 「分からないということ」は、悪いことではありません。 そこに善悪を離れて「分からないということ(事実)」があるだけです。 「分からないということ」は悪いこ…04月05日 00時00分
  • 分からないということ(因果の道理)4
    「因果の道理」というものを、よく弁えて頂きたいと思います。 因果の道理とは何かというと、「分からないということ」があるということです。 「分からない」という「今の事実」に徹することです。 よく指導者が「一生懸命に成りなさい」というのは、「分…04月04日 00時00分
  • 分からないということ(人の計らい)3
    分かる分からないは「人の計らい」です。 自分というものが本当に無くならないと、「分かることは計らい」ではなく むしろ「分からない」方がおかしいと考え違いをしてしまいやすいものです。 「分からない」ということほど尊いことはないのです。 ですか…04月03日 00時00分
  • 分からないということ(道とは)2
    要は「分からないということだけに成ること」です。 別の言い方をすれば「分からないということになってしまうこと」です。 「分かる分からない」ということに全く関係ないことが「道」なのです。 ですから「道」は無くなりません。 何故ならば「道」はも…04月02日 00時00分
  • 分からないということ(道とは)1
    「分からない」から「分かろう」とする、当然そういう観念が起きて来ると思います。 「分からないもの」は「分からなもの」なのです。 「分からないことを分からないと分かった時」が本当に「分かった」時です。 「分かるということ(道)」も「分からない…04月01日 00時00分
  • 分からないということ 序章2
    「分からない」というのは、「分からない」という「結果(事実)」 だけしかありません。 「修行(禅)」に於いては、「分からないということ」を親切に参究 していく必要があるのです。 「参究する」ということは、「分からないという、そのものに成る」…03月31日 00時00分
  • 分からないということ 序章1
    私たち衆生は、「修行(禅)というもの」を知識としてよく知っています。 「知った上」で善い悪い、解決したしない等と様々な考えを巡らせて 「修行(坐禅)」を行じています。 人間(にんげん)の知恵で考えたものは、絶えず変化し移り変わっているために…03月30日 00時00分
  • 「有る無し」について2
    「相対的な人の考えでつくった約束事」で「平和」だということだったら いつか必ず壊れることがあります。(永遠に続く平和というものは無いわけです) 一つに成らない限りは本当の意味での「平和、永遠」ということは無いのです。 「存在(人間)」の発生…03月29日 00時00分
  • 「有る無し」について1
    人間(にんげん)の考える「無い」ということは、「有る」ということに対しての 「無い」しか考えられないのです。 そもそも人間がどうして出来たということは、誰にも分かりません。 分からないのに物心付いてから「これが自分だ」と思い込んでしまったと…03月28日 00時00分
  • 説法について
    「説法」というのは「法の要」を説くことです。 しかし、その要が説かれない為に今日の宗教界の様相をさらけ出してしまいました。 今では、「法要」というと「仏事(法事)」でお経を読むとか、亡くなられた方の 葬儀が営まれる時だけに使われる言葉になっ…03月27日 00時00分
  • 法を説明する(法を理解してもらう)には5
    「法を説明する(法を理解してもらう)」のに「比喩(ひゆ)」はいくつかの 手段の中でも「法を求める人」によく使われるものの一つです。 しかし、「法を求める人」に対しては適切な表現方法であったとしても、 「法に関心を示していない人」に対しては、…03月26日 00時00分
  • 法を説明する(法を理解してもらう)には4
    何故ならば、私たち衆生の心の中で造り出されている観念によって「解釈(理解)」 しようとするために数多くの間違いを生み出すことになるのです。 「自我意識」があるうちは、「法」といっても、それは私たち衆生の心が造り出した 「一個の観念」であり、…03月25日 00時00分
  • 法を説明する(法を理解してもらう)には3
    「法の説明をする(理解してもらう)」ということは、どのような「観念(説明)」 であれ、それはひとつの枠組を造って、それ以外のものは排除することになります。 だから、「法」について覚者が、私たち衆生の多く用いている言葉や観念(説明)をもって …03月24日 00時00分
  • 法を説明する(法を理解してもらう)には2
    法を説明する(法を理解してもらう)時には、「実相(実在、今の事実)」とは 過去のことを説明する(理解してもらう)ことになってしまいます。 「説明」を聞いて、「実相(実在、今の事実)」を「理解」しようとすれば その人もまた同時に、過去のことを…03月23日 00時00分
  • 法を説明する(法を理解してもらう)には1
    「法を説明する(法を理解してもらう)」時に、「その状態(事実)」を描写する ことは原理的に不可能です。 何故ならば、「説明する(理解してもらう)」という作業には、「日常的な意識の中 (五官を通した意識の中)」で制約された「観念(言葉)」を用…03月22日 00時00分
  • 現在を考える3
    おシャカ様から見れば、私たち衆生が「現象世界(娑婆世界)」の中で一刻も早く 「真理(本来の自己)」に目醒めるか、それとも多くの時間を費やして「迷妄の 限りを尽くすドラマ」を演じるかは、その人の「自由意志」に任されているのです。 「仏は無為(…03月21日 00時00分
  • 現在を考える2
    さらには、このようにして造られる「世界観」が肉体の「五官(眼・耳・鼻・舌・触)」 から入ってくる情報のために、本来の状態から制約されている特殊なものの見方に 過ぎないにも拘わらず、それ以外の視点に立った経験が意識の表面に全く上がってこない …03月20日 00時00分
  • 現在を考える1
    地球上のほとんどの人間の心が強力な「固定観念のエネルギー」に支配されて いるのが「現在」なのです。 そして、地球人類の平均的な意識は歴史を遥かに越える長い期間にわたって、 「法を自覚(体得)していない」という現象が起こっていたという「事実」…03月19日 00時00分
  • 法(禅)を説明する2
    私たち衆生の多くが「人間界の法(禅)」を基準にした「世界観」を強固に 造り上げています。 この世界観を通して、「現象を見ること〈これは実は我見なのですが〉」が 日常生活の全てになっているために、「平常心是道(びょうじょうしん ぜどう)」 の…03月18日 00時00分
  • 法(禅)を説明する1
    「法(禅)を説明する」ことは、一見親切なようで、「真実」が顕れるのを妨げる 障害物をわざわざ築くような、お節介になってしまう場合も非常に多くあります。 おシャカ様も「四十九年の生涯の説法」を晩年には「四十九年一字不説」と 全否定して居られま…03月17日 00時00分
  • 物質の世界3
    言葉によって起こされる「感覚(概念)の一切」は、人間(にんげん)の心の中に 生じている「法の働き」であり、外の世界を認識しようとする意識の働きによる 心に投影された「想念の波動」なのです。 「自然界(しぜんかい)」に実在しているエネルギー状…03月16日 00時00分
  • 物質の世界2
    このことは「自然界(しぜんかい)」が何の境界もなく存在しているにも拘わらず 人間(にんげん)が「個々の現象」を「理解(説明)」する都合上、有限なものしか 扱うことが出来ないために「特定の波動領域」に名前を付けて取り扱うことになるのです。 し…03月15日 00時00分
  • 物質の世界1
    「物質の世界」では、私たち衆生の肉体の脳が外界を認識する機能によって 意識が制約されています。 その結果、私達衆生の意識〈これは錯覚であり、単に過去を認識しているだけなのです〉 の認識が「現在の瞬間」という断面を造り出しているために、「過去…03月14日 00時00分
  • 現象(実在)そのもの2
    「水」について、考えつくことが出来る一切のものは、どれも私たち衆生の 「五官」を通して入ってきた限られた情報を、心の作用で変化したものです。 ? 過去に創られた心の中の創造物を「記憶」から引き出して再現しているだけなのです。 ? ですから、…03月13日 00時00分
  • 現象(実在)そのもの1
    物理学を始めとする科学全般で用いる「理論や概念」は、そこに顕れている 「現象(実在)」を人間(にんげん)が理解するための「手段あるいは説明」 のための方策として便宜上使われているのです。 ? 実際に起こっている「現象(実在)そのもの」ではあ…03月12日 00時00分
  • 修行とは
    「修行」という言葉は、サンスクリット語の原義では「気付く」という程度の 意味であり、努力を伴うというニュアンスはありません。 「修行」とは現象世界で自分自身を認識する「行為(自覚)」であり、 宇宙全体と合致する御業(みわざ)であるということ…03月11日 00時00分
  • 五官(五感)の世界3
    私たち衆生の多くは、「日常の経験」をそれが「五官(五感)の世界〈極めて限られた世界〉」 でのみ通用している出来事であるという事実には全く気付いていません。 ? まるで「宇宙のどこにでも当てはまる真実」であるかのように、無意識のうちに 一般化…03月10日 00時00分
  • 五官(五感)の世界2
    私たち衆生の「自然界(じねんかい)」への理解は、「五官(五感)」という 小さな窓を通してごく限られた側面を見ているに過ぎないのです。 ? 別の言葉で説明すれば、「私たち衆生の心」が外側の世界という「虚像」を 造り上げて、それを「現実」だと思…03月09日 00時00分
  • 五官(五感)の世界1
    私たち衆生が眼で見、耳で聞き、鼻でにおいを嗅ぎ、下で味わい、手で触れる ことに因って知覚している世界を「五官の世界」といいます。 ? 「五官の世界」は余りにも「現実感」を伴っている為に、これを「五感の世界」 といいます。 私たち衆生は、「五…03月08日 00時00分
  • 「成る」とは
    自分が大きく成ることを「成る」というのです。 ? 「成る」には、智慧で成るのです。 ? 成って成って成り果てに初めて「成る」のです。 「成る」とは自分の中に自分をつくり、内に生きることです。 ? 木でも草でも中から大きく成長していくのです。…03月07日 00時00分
  • 法の受授、印可證明とは2
    「修行」と「修業」は違います。 ? 私見ですが、修業とは習学であり、修業の卒業は「証書」であり、その「証明書」は 「人から人への業(ぎょう)の受授」なのです。 ? 修行とは、絶学であり、修行の卒業証書は印可證明(いんかしょうみょう)であり …03月06日 00時00分
  • 法の受授、印可證明とは1
    自らが自らを完全に救い得たことを「立証」し、おシャカ様並びに歴代の覚者の 「法」の正しさをも同時に「立証」し、ここに初めて「正法(正伝の法)」といえるのです。 ? このことを「法の受授、印可證明(いんかしょうみょう)」というのです。 ? 「…03月05日 00時00分
  • 論理的証明2
    そもそも論理的に用いる観念や考え方の筋道そのものは、心の中の創作物 であり、実体のない物です。 ? ですから、「論理的証明」というものは、ある状況について、内部に矛盾のない モデルを与えることが出来るという点で「現象世界」での用事にはある程…03月04日 00時00分
  • 論理的証明1
    「論理的証明」というものは、既に確かであると合意の出来ているものを 根拠にして、証明したいこととの間に矛盾が生じないように筋道を立てる という作業が基本です。 ? 仏教には「印可證明(いんかしょうみょう)」というものがあります。 これは先輩…03月03日 00時00分
  • 悟了同未悟3
    「悟り」について周囲のほとんどの人達は、「悟り」を自分達の制約された 意識状態でしか判断することが出来ませんでした。 ? それで、「悟り」について理解することは勿論のこと、その存在についてさえ 「知る人ぞ知る」だったのです。03月02日 00時00分
  • 悟了同未悟2
    「真意(結果)」に至れば「悟了同未悟」(悟り終われば未悟におなじ)」 なのです。 ? 「悟了同未悟」の「真意(結果)」はその人が「悟了の後に発したお言葉」です。 「未悟の人」は日常生活において「生活(時間)」に追われて生活する人であり、 「…03月01日 00時00分